ラブライブ!サンシャイン!! 2話。梨子にとっての夢の扉と青春のプロローグについて。

キボウノユクエ 誰にも解らないね 確かめようと見つけようと走ってく

ラブライブ!サンシャイン!!2話である。概ね神。 以上。

 

 

あ、はい。書きます。記事を書きます。

詰め込みにつめこんで、チェックポイントを回る事にいっぱいいっぱいだった1話と比べると、2話は圧倒的なまでの熱量を叩きこんできた。正に「ラブライブ!」な回だった。1話の懸念は完全に払拭されたと言っていい。何よりμ'sが劇場版クライマックスで掲げた「スクールアイドルの素晴らしさ」は、様々な人たちに伝わっていたのだなあと世界がグッと広がった事を感じさせる回だった。

スクールアイドルとは。

何を思ったのか、テレビにおかっぱヘアーの俺達が出てきてしまった。

好きなのだ。μ'sが好きなのである。恐らく作品世界では数年前の存在であるμ'sが、たまらなく好きなのだ。それはダイヤも千歌も変わらない。μ'sに背中を押され、夢を見た筈なのだ。

その二人を分けているのは何か。

ダイヤの語るμ'sのそれは、正に「アイドル」への憧れそのものである。私は貴方よりずっと詳しく正しくμ'sが好き。だから貴方達のスクールアイドルは認められない。奇妙なことに、その姿はあのツインテールの妖怪によく似ていた。ポテトを盗み食いし、神社の境内で足首をつかむ女。そう、矢澤にこである。矢澤の叫びは、確かに届いていたんだ。

さて、千歌はどうだろう。彼女が語るのは「スクールアイドル」としてのμ'sである。梨子の「μ'sはなんていうか普通」という感想、もしもダイヤが聞いていたらカンカンにですわしていただろう。だが千歌はそうではない。

どこにでもいる、普通の女子高生。それなのに、あんなにキラキラと輝いている。自分もいつかそうなりたい。高校二年の春にやっと気付いたばかりの夢なのだ。「スノハレを作ったあの時の彼女たちはどうだったんだろう」と調べ、憧れを語る彼女はラッシャイに登場する誰よりも真剣に「スクールアイドル」になろうとしている。

千歌にとってμ'sは、自身で歩いていく彼方の存在だ。その輝きは憧れだとしても、彼女には決して「届かない夢」ではない。自分もそうなりたいと語る目標だ。

僕と君は同じだから。

梨子に対し「してほしい」を伝えるだけだった千歌。その千歌が「変わるよ、きっと」と、手を取るシーンは概ね神だった。自分に好意を向ける人の手をとって「変な人」って、百合なんだよな……

 

神という言葉で済ませられるなら私はブログなんぞやっていないので続ける。しかし言葉など、あの時彼女たちの聞いた海の音と比べてしまえばさして意味を持たないんじゃないだろうか。

光のささない海の暗闇では、何も見つけられない。だけども、不意に見た空があんなにも青かったなら。「僕も同じなんじゃないか」と思えるなら。きっと青春が、その瞬間に聞こえたんだ。

一人、その様子を遠巻きに見る果南。彼女にもその日が絶対来る。諦めちゃだめなんだ。

「わたしのすきなもの」

前回、自らのステージを見せるべきだと書いたわけだが、千歌はもっともっと基本的なことから始めた。つまり「スクールアイドルとはなんぞや?」というお話である。それも知識ではなく、「私はこういうところが好きです」と、目を輝かせながら白いノートにペンを走らせて。

その熱意に、梨子も動かされていく。「ユメノトビラ」。数年越しのμ'sからのメッセージと、千歌の温度にあてられて。

 

ユメノトビラ ずっと探し続けてた 君と僕とのつながりを探してた

ユメノトビラ 誰もが探してるよ 出会いの意味を見つけたいと願ってる

西木野真姫を覚えているだろうか。あのちょろツンデレを。あの恥ずかしがり屋を。あの自信家を。「決まっていた未来」、「終わっていた音楽」を倒し、勇気で未来を見せたスクールアイドルを。

彼女は「私の音楽はもう終わっている」と、決まっていた未来を憂いていた。ピアノの蓋を閉じたのは自分の意思ではなく、やがて訪れる誰かの望む未来の為であった。

さて、桜内梨子…彼女はどうだろうか?

彼女は自らの意思で蓋を閉じた。それは上達のしなさ、もっと言えば「変われなさ」から目を逸らすためだった。「どうやってもいずれ終わり」ではなく、「どうなるのか分からない」「どうすればいいのか分からない」から、ピアノから離れた。

 

先が見えない。それは先が決まり切っているのと同じぐらい、怖く辛いことと言っていいだろう。

 

ピアノを弾いている間はきらきらして、お星さまみたいに輝ける。ピアノの蓋は、桜内梨子にとっての夢の扉だった。閉じてからもずっと近くにあって、ずっと探し続けていた、ユメノトビラ

「今までの事を諦めるわけにはいかない」「本気でやっている人に失礼だ」と雁字搦めになっていた梨子に、千歌は手を差し伸べる。諦める事は無い。やってみて笑顔になれたらまた弾けばいい。やりたいこと、全部叶えていけばいい。

泣きながら変わりたいと願う梨子、皆を笑顔にするのがスクールアイドルだと手を伸ばす千歌。梨子が「流石に届かないね」と諦めかけたその時、届かない星だとしても千歌は手を伸ばす。触れられなかったら、もう二度とその熱さは戻らないかもしれない。身を乗り出して手を差し伸べる千歌。

「待って!駄目っ!」

今、その手を伸ばしたかった。ゼロからの一歩は勇気が必要。だから半歩ずつ彼女たちは歩み寄った。「変わりたい」から、「今、未来、変えてみたくなった」から。

傍から見ていれば、馬鹿げたやりとりだ。
だけど彼女達にとっては、これが青春のプロローグなんだ。
一生懸命になるのはきっと、とても素敵な事だから。

  

ラブライブ!サンシャイン!!は決してラブライブ!の二番煎じではない。μ'sの見せた輝きと温度を胸に、いずれAqoursになる9人の、新しい夢の物語だ。来週を楽しみに待ちたい。

ラブライブ!サンシャイン!! 1話。千歌の空回りと「輝き」とは。

私は、ラブライブ!の為に東京に来た。
そしてこの夏、私は東京で青春まっしぐらの「眩しい夢」を目撃する。

ラブライブ!サンシャイン!!が始まったのだ。

さて、この記事では1話の千歌の空回りと「大人気のスクールアイドル」について考えてみようと思う。

完璧なラブライブ!1話の立ち上がりと比較すると盛大な肩透かしのラッシャイ1話

ラブライブ!サンシャイン!!といちいち書いてると長いので「ラッシャイ」と略すことにする。

ところでラブライブ!1話の立ち上げ方は、控えめに言って神であった。

 

  1. 音ノ木坂が廃校の危機にある事が分かる(最終目標の提示)
  2. 音ノ木が大好きな主人公は廃校を阻止したい(主人公の原動力)
  3. スクールアイドルを立ち上げて知名度を上げることを思いつく(手段)
  4. 超高校級のデザイナー、及びスクールアーチャーが加入する(同じ志を持つ仲間)
  5. ミトメラレナイワァ(ぽんこつ)
  6. 私、やっぱりやる!やるったらやる!

神である。ススメ→トゥモロウによるシメも相まって神である。何が良いってこの時点で既に3人のファンになってしまうのだ。この3人が何かやるんだなあっていうのが分かるのだ。A-RISEのシーンで稲狂いこと小泉嬢や音ノ木の妖怪YAZAWAが顔見せしているのも素晴らしい。こいつらもアイドル好きなんだなと一発で分かる。

ラブライブ!にはまさに現代の立志伝もしくは英雄譚としての魅力が詰まっていたのだ。

 

さて、ラッシャイである。

 

ラッシャイ1話は終始、高海千歌が空回りし続ける。そこには「μ'sという一つの光を見た」なる、原動力の提示しかない。1話のタイトル通り「輝きたい!」という燻りだけが転がっている。故に、未だに物語は転がり出していない。肩透かしのまま始まる特殊EDの『決めたよHand in Hand』にもどこか上滑りした感じがある。

この空回りは何なのか?

 

「大人気のスクールアイドル」?

 作中で千歌が言う事に対して、大人はおろか同じ生徒たちでさえ耳を貸そうとしない。そしてよりによって音ノ木出身の梨子によって、「大人気」というのは否定されてしまうのである。おお、嘆かわしや。前作では女子中学生が出待ちをする様すら描かれたというのに。

「大人気」と言っておきながら千歌はその「知っていて当然」という前提で勧誘を行っている。これでは人がついて来ない。彼女は動画を見たから凄い凄いと言っているだけで、道行く人はその凄さも、スクールアイドルの素晴らしさも知らないのである。

前提からして、彼女は空回りしていたのだ。

千歌がすべき事、それは「自身の輝くステージを人々に見せる事」だ。

ラブライブ!1期3話の素晴らしさはそこで、あの0人のライブを後のメンバーが目撃している事にある。3人のファーストライブから、誰も目を逸らすことなど出来なかったのだから。

千歌には、何もない。目標も、目的もない。あるのは「輝きたい!」という夢だけだ。言ってしまえば、廃校という危機はそこに無く、手段としてのスクールアイドルもそこに無く、寄り添う仲間と言えば渡辺曜ただ一人。それでも彼女は手を差し伸べる。やっと出会えた夢に向かうために。

ラブライブ!を下敷きにした上でラッシャイはまさにもう一度「学校でアイドル?」というところから始めようとしている、のかも知れない。3話までで一度ぶちかませるのか、今から楽しみで仕方ない。

投げた石の跳ねた数
梨子と話しながら千歌が投げた石は、水を切って跳ねていく。その数は、8回なのだ。千歌を除いて残りは8人。これは決して偶然ではないだろう。彼女が見つけた新しい夢の欠片は、他の8人の心にどのような波紋を呼んで行くのだろうか。
 
様々な意味で完璧では無いスタートを切ったラッシャイに、どうか眩しい夢が待っていますように。
 
1年トリオの出番が多ければいいなあと思いながら、待て次回。

ガルパンに命を救われた私が4dxで体験した幾つかの事。

 
1月末にインフルエンザで数年ぶりに倒れた。
医師の診察によれば流行中のA型だそうだ。
 
医師は「休養」「水分」「栄養」の3つを大事にと、割とマジなトーンで告げてきたので、大人しくポカリスエットを買い込み、さて皆が仕事で忙しい昼間っからゲームをやってやるぞと気合を入れたところこれがまあ反射神経を要求するものが尽く遊べないのなんのである。
 
というわけで、私はガールズアンドパンツァーの一挙視聴を敢行したのであった。
 
するとどうだろう。
一話視聴時点で既に咳は止まり、
サンダース戦時点では頭痛も無くなり、
プラウダ戦時点でついに熱は36.5℃を下回ったではないか!
 
ガルパンはインフルエンザに効くのではないか…?」
 
私の中で疑念が確信に変わっていく。3話見てはローソンに足を運んで備蓄食料を買ったり肉まんを買ったりしてみる豪遊っぷりだったわけだが、明らかにその足取りが軽くなっている。
 
そして迎えた最終決戦。
黒森峰の行く手を遮るはレオぽんのポルシェティーガー
西住流に逃げは無い。
あの軍神西住みほはこの状況を作り上げたのだ。
 
西住みほならば。
あの女なら西住まほを倒し得る。
それを誰より知っているのが黒森峰の副隊長の逸見エリカなのではないだろうか。嗚呼。今行きます。待っていてください隊長。その叫びは届かない。いや、遅すぎた。
 
かくして、西住みほは、大洗女子は勝利する。
見つけたよ。私の戦車道。
 
ガルパン一挙を終えた私の身体には最早、荒れに荒れた喉を除き熱や頭痛に倦怠感といったインフルエンザの諸症状はなかった。ガルパン一挙によるセンシャカラテの大量摂取を行った結果、血中ガルパニウム濃度が急激に上昇しウイルスを駆逐したのだろう。
 
ありがとうガールズアンドパンツァー。
私は何度、救われたことだろう。
本当に。本当にありがとう。
 
※ちゃんと解熱から2日あけて出勤しました。
 
さて、そんなガールズアンドパンツァーの4DXである。
見に行かないわけがない。予約は取った。取ったとも。
雨やら風やらが凄いとのこと。ならば一滴たりとも逃すわけには行かないぞと、バリカンで頭を丸め、シックの四枚刃で入念に剃り上げた。
 
この記事は、ガルパンに命を救われた一人の男が、スキンヘッドでユナイテッド・シネマとしまえんにて劇場版ガールズアンドパンツァー 4dx上映に挑み、目撃した事とその身で感じた事をありのまま書いたものである。
 
 
さて、4dxだ。
4dx、噂には聞いていたがこのR-Gray初体験であった。
 
上映前の予告が終わるとIMAXの導入よろしく、カーチェイスの映像が流れた。その映像が流れ終わったと思ったら……映像が巻き戻る。先ほどのカーチェイスに続いて4dxの真っ赤な椅子が。と、気づいた時には
 
私は思い切り"揺さぶられ"ていた。
 
甘かった。
幾ら動くとはいえたかだか浮遊感程度だと思っていたのだF-ZEROAXやアフターバーナークライマックス程度だと思っていたのだ。それがこんな"ドキドキするほど揺さぶられる"だなんて、予想もしていなかった。
 
西住殿の3分ちょっとのガルパンおさらいが始まる。ゆっくり落ち着いて観てください。ああ西住殿、貴女は今4dxの銀幕にいるのですぞ。パンツァーフォーと言ってしまえば、始まるのはどう考えても最高の2時間ですぞ。いいのですか西住殿。パンツァー、フォー。
 
ダージリンが茶柱についてペコに話している間、劇場の空気がどんどん煮えていくのを肌で感じる。男も女も老いも若きも、その瞬間を待ちわびていたのです。これから何が起きるのか、大体予想は付くが一体何が起きるのか。ああ、絶対こんなの楽しいでありますよ西住どn
 
冷静でいられたのは、チャーチルの砲身をカメラが抜けるまでのほんの僅かな間であった。私は揺さぶられるどころか、座席からずり落ちそうなほどに"ぶん殴られた"のだ。しかも一回だけではない。聖グロリアーナの車両に向けて大洗と知波単が撃つたびに、前につんのめってはヘッドレストに数回頭を叩きつけて姿勢を立て直す。
 
とんでもない事が始まってしまった。
 
登場人物が話している間に誰かが発砲してさえ居れば、尻がぶるりと震える。4dxの導入動画にあったとおりだ。「Where are you?」とはこのことだったんだ。私は西住殿の隣にいる。私はエキシビジョンマッチの只中にいる。私は審判団の航空機の中にいる。ガールズアンドパンツァーの世界がそこにあるだけじゃない。あのときユナイテッド・シネマとしまえんは、間違いなく大洗だったのだ。
 
継続の面々が話している時も4dxはその手を休めない。ミカが何か言うとふわりと風が吹くのだ。「ただ振り回せばいいってもんでも無いんじゃないかな」と4dxが語りかけてくるようだった。
 
大洗市街地戦が始まると、それまでの事すら手加減だったと分かる叩き付けるような動きのオンパレードであった。ブレーキを踏めばつんのめるし、ノンナの戦車にぶっ飛ばされれば思い切り殴られるし、聖グロ最速がつっぱしれば思い切り振り回される。最早これは映画ではない。戦場だ。こんなところでポップコーンを抱いていたら吹き飛ばされてしまう。4dxならばカチューシャのミホーシャ馬鹿じゃないのの説得力も4倍である。
 
エキシビジョンマッチが終わったあとも、4dxは手をぬかない。潮風の中Ⅳ号に乗って学園艦に帰る時も風が吹いていたし、別れのバスの中でもエンジンの振動が伝わってきた。お菓子食べよう……お菓子だ……会長がなんとかしてくれる……
 
もちろん、戦車だけでなくスーパーギャラクシーが現れる時も、そして大洗女子の面々に相棒を届ける時も風が吹き、そして浮遊感と振動で持って臨場感を与えてくれる。そんな4dx殿も空気を読むのが、みほによる幼い頃の回想である。
 
風が吹き、揺れるからこそ「何も動かない」事によって目の前の光景に没入出来る。という新しい体験が出来た。ああ、変わっていないのだ。まほおねえちゃんは、まほおねえちゃんだったのだ。そういったメリハリもまた、4dxならではなのかも知れない。
 
そうこうしているうちに桃ちゃんが大泣きして、ねこにゃーがムキムキになって(ここで4dx殿が落ちたダンベルの振動を伝える)、決戦前夜の濃厚なみほ杏が終わったと思ったらもう試合開始直前だ。ここの一同勢揃いのシーンでも、こちらのときめきに合わせるかのような浮遊感が味わえる。これ制服着たいって即決したのマホーシャだろ……文句ぶちぶち言いながら袖がべろべろのカチューシャなんなんだお前……そしてダージリン……「みんな着てみたかったんだって」じゃないよ……誰よりもそれを楽しみにしてたの貴女でしょう絶対に。ねえ。ダー様。
 
さて、カール自走砲である。
何がおっかないって凄まじい爆発の振動に加えて爆風もやってくるのだ。観客席に。爆音上映が音なら4dxは風と振動でカール自走砲の恐ろしさを表現してきたのだ。ああ、あんなの勝てっこない。
 
雨だ。
雨が降ってきた。
カチューシャを生かすために、クラーラが、KV-2が、ノンナが、プラウダの面々が散っていく。悲壮感三倍増し。でも皆戦車の中では?思ったら家元こと西住シホーシャがずぶ濡れであった。ああ、この雨は家元も浴びた雨だったのだ……
 
その恐ろしいカール自走砲を倒すために、どんぐり小隊が結成された。ここのドゥーチェほんとかわいい。こ゛っ゛ち゛み゛て゛る゛ぞ゛。
 
継続ちゃんだ。
継続ちゃんである。
ミカがカンテレを弾けば、ミッコが踵を鳴らす。
カッ。
カッ。
 
その時、確かに4dx殿も鳴らしたのだ。観客の、我々の太腿を通じて。あの時、劇場の誰もが踵を鳴らしたのだ。
 
例えば撃たれて吹き飛んだとしても、簡単に彼女たちはくたばらない。天下のクリスティー式を舐めるなよ。車輪が周り……彼女たちは"弾け"た。パパパパンと破裂音がし、脹脛の辺りに何かが当たったような感触がする。これはBT-42が、継続高校の彼女たちが弾けた何かだ。そう4dx殿が伝えようとしている。受け止めねば。見届けねば。彼女たちの奮闘を。
 
大学センバツ戦もここまで語れば、もう恐らく充分だと思う。大洗市街地戦だって海岸のナポリターンやKV-2のアホ火力等、文章じゃ語り尽くせない。観覧車さんのカンちゃんドラムも、タンケッテonジェットコースターも、あひる小隊が天才少女にぼこぼこにされる時も、アリクイさんチームが筋肉で撃破する時も、そのどれもが4dx殿によって最高の体験となっていた。
 
西住vs島田の最終決戦はバルト9よりも、立川シネマシティよりも手に汗を握った。もはや私たちは観客ではない。チームだ。大洗女子と、我々と、4dx殿。我々はあの時、間違いなく戦友だったのだ。
 
「戦車道には人生に大切なすべてのことが詰まってるんだね」
 
「……だろう?」
 
 
幾度となく聞いたエンディングテーマ、『piece of youth』が流れ出す。見上げた夕焼け空には、沢山のシャボン玉が浮かんでいた。大洗女子の勝利を。彼女たちの未来を祝福するように。
 
 
 
 
4dxは、動く。僕らの心ごと、動かす。
 
 
 
まだ4dxで観ていないなら、迷わず4dxで。
まだガルパン劇場版を観ていないなら、出来れば普通に一度見てから4dxで観ることを薦める。
というのも、煙演出(やや後方から見る限りではうまく拡散せず左右からもわっとして場面の切り替えについていけていないように見えた)や、フラッシュ演出(暗闇で散る火花が格好いいのに劇場内すべてをパカパカと照らすためアトラクション側に針を振り切ってしまう)が、映像作品としてガルパンを見るときに邪魔になってしまうのである。
 
それは置いとくにしても、風や雨に振動や、時には背中をボッコボコにするような体験は正に4dxと名乗るに相応しい感動を与えてくれた。
 
もし4dxを見た直後に「ガルパンはいいぞ」「動いていた」しか言えなくなった人を見かけても、そっとして上げてほしい。
 
その人の心は、きっとまだ大洗にあるからだ。

ガールズアンドパンツァー劇場版見てきたけど大まか最高だったよ。なお未見には配慮しない記事だよ。

昨年、大きな悲劇が私を襲った。

私が東京に越して職を得てまで最速で観たかったラブライブ!の2期が、悲惨極まりない最期を遂げたのである。

安直なレズ、招致されたファッションショーを一年生にハッパをかけるために利用し半ば騙し討ちで衣装とポジションを押し付ける深刻なモラル低下、一期からのラスボスでありスクールアイドル計画のきっかけにもなったA-RISEが雪中行軍するレズパワーに負け画面外で敗退。そして卒業を担保にした「最後まで駆け抜けるよ!」という全ての物語をコケにする終幕。

私は、ありとあらゆるフィクションを一ヶ月全く受け入れることが出来なくなった。

ある日、NHKで流れていた初代ゴジラを真っ暗な部屋でぼーっと見ていると、ぽろぽろと涙が溢れてくることがあった。

ああ、ゴジラがどんなに恐ろしいのか人々が話している。ゴジラの足元で列車事故が起き、人が潰れ、母親を失った子供が泣いている。ラブライブ!に必要なのはこれだったのだ。アイドルという輝きを見て、影響を受ける人々を描くことが必要だったのだ。身内でなくμ'sを応援する人々が必要だったのだ。最後のアンコールだけでなく、サイトにアップした動画のコメントだけでなく、あの子達が活動した結果として変えられていく人々が必要だったのだ。

そんな時、半ば廃人と化した僕に、同居人がショック療法として施したのが「ガールドアンドパンツァー 一挙視聴(含むアンツィオ戦)」であった。

その結果、私は見事に立ち直る事に成功した。ガールドアンドパンツァーには仲間があって、ライバルがあって、その時その時の戦いと葛藤があって、そして大洗の皆さんがいた。ありがとうガルパン。ありがとうSHIROBAKOに出てくる方の水島さん。ありがとう戦車。

そんなわけでガルパンの映画というのは、私にとって命の恩人の晴れ舞台のようなものだったのだ。

そしてその晴れ舞台は、とてもとても立派なものであった。

エキシビジョンとオールスター

さてガルパンの劇場版は大体3つのパートに分けられる。

序盤の大洗市街地を舞台にしたエキシビジョンマッチ。
中盤の廃校と大学選抜選手との試合の設定。
終盤というか後半まるまんまのオール高校生vs大学軍団(捻れない)である。

序盤、というか開幕30秒からいきなり戦車戦が食える。それもガンダムオリジン1話のようなゲッター挙動で何かスッキリしないシャアザクを見せられたあれではなく、黒森峰戦に匹敵するガチバトルである。

もう私としては大好きなプラウダの面々が早速出てきた時点でウキウキだ。当然(?)大洗の街はめちゃめちゃに壊れるし戦車は最終話の比でないドリフトしまくりである。はい、もう観たかった奴。完全に観たかった奴。大洗女子学園チームの面々はどこかの描写が物足りない感は全くなく、もう全員主役級の扱い。最高。

このままでは戦車戦に対して「最高かよ」しか言わなくなりそうだし事実7割戦車戦(最高かよ)で占められたアニメでしかも無駄なところが何一つない(映画パンフレットより)(最高かよ)作品なので、もういつものスタンスはやめだやめ。

なんやかんやあって役人が大洗女子を潰そうとする所で戦車道サイドが「言質とったからな吐いたツバぁ飲めんのじゃぞワレぇ」とやるところは痛快の一言である。ところで島田流ってやっぱりフミカネなんですかね。ラブライブ!はアイドルになってしまった子たちが「そう在ってくれ」と願われるも人々に後を託す話で、ガルパンは「そう在れ!」と人々に願われ輪が繋がって無限軌道がキュラキュラと動くような話でした。同じオールスターでもちょっと違いましたね。

そう。オールスター。
全員が同じ制服でやってくるの何なんだ。最高かよ。「全員が転校してくれば同じチームが組める」って誰もが一度考えるとは思うけど本当にやるやつがあるか。くそっ。試合中はみんないつもの服になるから本当にあの時しか見られないんだっ。もう一度見に行きてえ。今度は立川で見るぞ。

ドリフト、ジャンプ、潜伏、水中、包囲、パンジャンドラム。もう劇場版ガルパンの終盤は文字でどうこうするものじゃない。文字通りジェットコースターのように滑り降り、観覧車のカンちゃんがカンちゃんドラムとして大地を駆ける最高のアトラクションムービーである。

特にプラウダのお前ら!カチューシャ生かすために散って行くあの感じ試合とは分かっていても悲壮感めっちゃよかったぞ!!ねえノンナさん!!!ねえ!!!

あとさり気に休み中の筋トレで大幅強化を果たしたネトゲチームことアリクイさんチーム……見せ場めっちゃバッチリ貰えてよかったね……良かった……!!

いかん。完全に1パラグラフ毎にスクショを貼りながら書くタイプの記事になってきた。もう遅い。とにかく、だ。劇場版ガールドアンドパンツァーは姉が妹の背中を押して、妹がカッ飛ぶ名作です。是非劇場で観てください。ありがとうガルパン。次は立川で観るぞ!パンツァー フォー!


追記。

最終決戦で最早キャラの台詞とBGMすら廃し、「死闘」と呼ぶにふさわしい戦いを描いた事には賛否両論あるかもしれません。

が、私はあの描写を断固支持します。あの時あの瞬間、私は手に汗を握り、映画の観客ではなく大洗女子を応援する人々の一人となっていたのです。

すこしよれよれになった半券ですら、まるで戦友のように感じられる映画でした。ありがとうガルパン。本当に、本当にありがとう。

ところで全てのゲームがデバイスフリーになったら最高だと思う。

それはそうとありとあらゆるゲームは「不自由なゲーム専用コンピュータ」であるゲーム機から、速やかに開放されるべきだと思う。

昨日と言ってることが180度変わったかと思われるかも知れないが、僕自身の本心はこういうものである。

レトロフリークなどと言わず、全てのゲームはデバイスフリーになって欲しい。Androidで、iOSで、Windowsで、Linuxで、そして最新の家庭用ゲーム機で、遊べるようになって欲しいのだ。

旧い音楽は幾度も再販と配信を繰り返し、旧い映像は何度も媒体を変えては世に放たれた。そしてこの2つには強力な「レンタル」のバックアップがある。

しかし、ゲームにはその仕組みがない。

思い出したように小金稼ぎの為に、どうしようもない「現行ゲーム機用移植」や「スマホ版」がちびちびと出るだけである。しかもその移植の完成度があまりに低過ぎて続編の企画が潰されたり、最新の機械でも満足に動かないことすらあるわけだ。

おいおい、嘘だろ。逆襲のシャアもBEYOND THE TIMEも楽しめるのに、ヒーロー戦記はまだ地球の重力に引かれて飛べないってことかよ。

未だ「過去作」はぽつりぽつりと何処かのゲーム機や、パソコンや、あるいはスマートフォン版がリリースされるのを待つしかない状況が続いている。僕にはそれが、残念でならない。もっと簡単に人々が手にし、語り継がれるべき冒険が世の中にはたくさんある。せっかく揃えた「アーカイブ」や「バーチャルなゲーム機」ですら新しい機械で楽しめないだとか、そもそもそのリリースがぱったり止まるだとか、そんなくそったれな現状が嫌で嫌でたまらないんだ。

現行機はいい。まだ良いとしよう。だがサポートが終了し、ソフトやハードの販売が終わったゲーム機はただただ朽ちていくしかない。だとしても「動作さえするなら、冒険はまだそこにある」のである。それを人々はおおいに喜んで迎えるのだと、レトロフリークが証明したばかりではないか。

「ゲームを遊ぶためにゲーム機を仕方なく買った」のだから、その仕方なさからどうか人々を開放してください。ゲームの神様達。

そしてまだ見ぬ勇者達に、光をお与えください。

僕は「かけた時間」が足りないせいで誰かとちゃんと遊べないのが嫌なんだっつってんの。

モンスターハンターのパワーレベリング、所謂「キークエ埋め」というのが僕は実は大嫌いだったりする。あれは本来モンスターと戯れて覚えるはずのスキルも、集めるはずの素材もカッ飛ばしてしまうからだ。

しかしそれ以上に「レベル・ランクが揃ってないので出撃できません」ってのが嫌だ。これは別にモンハンに限らない。「装備を整えなきゃいけないゲーム」なら「かけた時間の指標でしかないレベル」での制限はやめるべきだと思うし、「レベルを上げなきゃいけないゲーム」なら装備の入手あれそれでまで時間をかけさせるべきではないと僕は思っている。というかレベル制な癖に装備まで育てさせないでくれって話なんだよな。

そんな自分がPSO2を一年以上続けているわけだが、運営は最近トチ狂いだしてやたらめったら経験値をバラまくようになった。そんなことをするなら完全に形骸化しているレベル制度なんてやめて装備だけを育てるゲームにすりゃあいいのにとすら思う。「遅く始めた人は今一番遊んでる人たちとはレベルが大きく離れていて、そのレベルの離れた人は低レベルの所に全く来ないからノウハウの継承がさっぱり行われない」なんてアホな事になる前にそうすべきだった。ちなみに武器なら思いっきりばら撒きまくって一番下のラインをぐいぐい上げようとしている。「装備を鍛えてみよう!」という事を運営がやってるのは非常に良いことだ。

レベルが入場制限になるのもそうだが、「アンロック制度」「レベル要素」を入れたせいで「ダメージがちゃんと出ない」とか「貢献できない」というのも好きじゃない。某強盗ゲーム(運営の駄目さのミルフィーユを食らってワシントンが大炎上中)のアレだとか、某スペシメンぶっ殺しゲームのアレだとかもそうだ。プレイ寿命を延ばすためにやっているのは百も承知だが、「時間をかけないといけない」というのが透けて見えると心底がっかりする。というか、そのためにレベル上げ作業を淡々とやっているとゲーム自体へ愛想が尽きてしまう。すべてはクッキーなのか。やはりクッキーだと言うのか。

「誰かと遊ぶゲーム」だっていうならアンロック制度やレベル制度なんて止めちまえばいいのにと思う。もし装備を育てるゲームなら、先行している人が装備をポンと渡してそれで終わりになればいいのになと思う。かけている時間が少ないってだけで、飛行機を撃墜できず、目の前で倒れた味方の蘇生もさせてもらえないようなゲームは本当に勘弁して欲しい。ついこの間オープンベータをやったとあるゲームもそうだった。雪原を黒服のルークって奴がシャコシャコ歩いてTIEファイターに跳ねられて死ぬゲームだ。あれはグレネードすら最初に投げられなかった。

一体どうしたって言うんだ。「かけた時間が足りない」という理由でちゃんと遊ばせて貰えないゲームばっかりじゃないか。いいからちゃんと遊ばせろ。「強化」は要らないから「バリエーション」をアンロックしてくれ。「付け得のオプション」なら最初から付けて渡しておくれよ。自分で装備を作らなきゃいけない道理はないんだから、アイテムのトレード制限を撤廃しておくれよ。最初から美味しいところ食わせてくれよ。何で「最初の二時間が地味」とか、自分からコントローラを置かせに行ってるんだよ。ああもう。

僕は「ゲームにかけた時間が足りない」って理由で、誰かと誰かがちゃんと遊んで、楽しめないのが嫌なんだつってんの。

おいLeft 4 Dead 2やるぞLeft 4 Dead 2!お前がコーチな!

チュウニズムとかいう厨ニムーヴ要求してくる音ゲー最高かよ

シュタゲイベントに釣られて始めてダルとコンゴウ獲得しました。
今は難度11+と12のSランク獲得に燃えるR-Grayです。

チュウニズム、最高なんでその話します。

チュウニズムのチュウニムーヴ


チュウニズムは「画面タッチをしない」「タッチパネル」の音ゲーです。降ってくるノーツに合わせて、手元の「スライダー」をタッチします。

で、チュウニズムの偉いところは降ってくるチップ(判定)がクソでかいとこです。最大で画面幅半分サイズのチップが降ってきます。で、手元のスライダーはそのチップの場所ならどこを触ってもいい。つまり中央にクソでかチップが来た場合、左25%の位置だろうが、右25%の位置だろうが、触りさえすれば取ったことになります。

基本のチップは幅25%。並べると4枚。
これが基本なので「リズムは合ってるのに押し間違えた」だとか「画面と手元を対応させるまで一苦労」だとか、そういうものが相当緩和されます。ここらへん、ドンカツだけなので子供も遊べる太鼓の達人っぽいですね。
※最小で幅が12.5%のチップが降ってきます。

そして、スライダーは厳密に言えば16枚に判定が分けられており、指を滑らせて隣のを触ればそれもまた「タッチ」の判定になります。

このおかげで「階段」(端から端までボタンを押す譜面)も「トリル」(左右交互にパタパタ押す譜面)もかなり優しくなりました。判定の大きさも相まってとにかく拾えます。もう気分は小学生の時にピアノの白鍵を端から端までダーっとやったアレです。

更に更に「ホールド」「スライド」です。最近であればシンデレラガールズスターライトステージで皆さんに馴染んだアレですが、チュウニズムの場合一味違います。あろうことか積極的に腕をクロスさせようとしてきます。どころかクロスしたままパタパタ叩かせたり、クロス!戻す!クロス!戻す!とかやります。なんて落ち着きのないゲームなんだ。

maimaiのスライドとは少し趣が異なります。上下の動きがないのもそうですが、素早く左右に指を滑らせる様はどちらかといえばリズム天国ゴールドに近いですね。

リズム天国ゴールドといえば、チュウニズムの「エア」はリズム天国ゴールドの「はらい」に近いものがあります。何故かロングノーツの終わりに判定を付けるもさほど面白くはなかった作品もあったりしましたが、チュウニズムのそれはまさに溜めて腕をスッパーン!と高く上げる動きが要求され、それらとは一線を画しています。楽しい。

そして「エアアクション」、これは「エア」で上げた手をスライダーに戻すことなく上げ続け、時に判定に合わせて振る事で対応します。音楽を聞きながら手でリズムを取る動きが、まさかゲームに取り込まれるとは!恥ずかしい!でも遊んじゃう!

この「エアアクション」は上下の動きがどちらでも認識するようで、
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( ゚∀゚)彡 えーりんえーりん
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とか出来ます。というか、やります。入ってます。

シュタインズゲート」のゲーム版主題歌「スカイクラッドの観測者」及びアニメ版主題歌「Hacking to the gate」に至ってはもう大変です。譜面がプレイヤーに要求するのはあのポーズです。


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「俺は狂気のマッドサイエンティスト!鳳凰院……凶真だッ!」

「クロスしたまま片手でエアし続ける」とこのポーズになります。これがシュタインズゲートの選択なのか。

評価システムとスキルとアレソレ

評価制度はjubeatやリフレクの甘々褒めまくりランク制度と、キャラクタースキルでドコドコブースト出来るゲージ制をどちらも採用しています。

甘々褒めまくりランク制度はゲージでいうと3本行くか行かないかでもランクA、ランクAA判定が出ます。一応「凄く良くやった」の目安としてランクSが設けられており、フルコンボの前にまずこちらを目指すことになります。このランクSの設定もまた絶妙なんで遊んでみてください。

そしてゲージ制です。こちらは「何のキャラクタースキルも使わないでフルコンボしてゲージ4本ちょっきり」というシステムのもと、各キャラクターとスキルで伸ばしていくものになっています。

キャラクターとスキルはどちらも曲を遊ぶ前に設定が可能となっています。例えば「ミス15回で強制終了」という制約を課す代わりにゲージがグンと伸びるだとか、フルコンボでゲージが爆発的に伸びるだとかいった上級者向けのものと、「ゲージの伸びが全て1.4倍になる」とか「ミスでゲージが減るのをある程度防ぐ」といったような初級者向けのものまで千差万別です。

ここで注意してほしいのが、キャラクターもスキルもゲージの貯まりと減りのみに関係し、ゲームにとって最も重要なものであるスコアには全く関与しないという事です。なので

  1. キャラクターの恩恵を受けてまずはクリアする
  2. 次に好きなキャラでもクリアできるように頑張る
  3. Sランク取れるようにする
  4. フルコンボを狙う
  5. オールジャスティス(全グレ)を狙う
というように、プレイヤー毎にプレイへの短期目標の設定が出来る様に作られています。ここが偉い。いちいち属性揃えたり課金キャラじゃないとスコアすら出ないみたいな事はないね!やったぜセガ

一応、この貯まったゲージはクリア後に「楽曲解禁」のコマを進めるのに使われます。チュウニズムは「オリジナル曲を解禁制」「版権曲でまずは触りまくってもらう」というつくりをしており、早く解禁したくてしょうがない人にはキャラ選びが重要になります。

なおこの「楽曲解禁」はコラボイベントにも適用されます。少し前のシュタインズゲートイベントではゲーム版の主題歌である「スカイクラッドの観測者」がちょっと重めの設定になっていました。あとダル。それとダル。反省したのか、蒼き鋼のアルペジオコラボイベントはめちゃめちゃヌルくなっておりましたのでご安心を。

See you next play!

ペルソナ4ダンシングオールナイトの主題歌「Dance!」の譜面、ありゃあめちゃめちゃ面白いです。ピアノに合わせてタッタッ♪タッターン♪したあとにエアアクションからのフリックで(キィン!キィン!)するのが実にいい。

「効果音込みで作り、プレイヤーを音楽の一部にしてしまう」といえばセガの名作「スペースチャンネル5」を思い出します。とにかく、チュウニズムはそんな風に目をキラキラさせてくれる、サイコーにチュウニな音ゲーなのです。

皆さんも是非ゲーセンに
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( ゚∀゚)彡 えーりんえーりん
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しに行ってみてください。

手元にカード無くてもおサイフケータイ付いてるスマホ叩きつければセーブも出来ますからね。