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メタルギアライジングリベンジェンスめちゃめちゃ面白いじゃねえか

PC版メタルギアライジングリベンジェンスをクリアした。

 
メタルギアソリッドは1とインテグラルと2とサブスタンスと3とツインスネークスと2HDと3HDとHDに入ってた初代とピースウォーカーとゴーストバベルしかやったことが無い。
つまりアシッドも4もオンラインもやって無い。
 
そーいう人間が、2015年にもなって20ドルでPC版を買ってやってみた結論はこうである。
 
 
 

受け継がれるミーム

ああたらこうたら言われていたストーリー展開、僕は大好きだ。
サイボーグ連中は皆、揃いも揃って「戦いの中でしか自分を表現できない」「戦いの中でしか生きられない」ような奴らだ。戦う直前直後にメタルギア特有の豆腐メンタル化した主人公へのキレッキレの説教は健在だし、その変態度合いも凄くいい。
てちてちくっついてきて偵察役をやってくれる犬も良いキャラしてる。可愛いよねえ。
 
 
そして豆腐メンタルの雷電。ムービーやイベントでは建物を垂直に駆け上がったりウォールラン出来ちゃうのにプレイアブルシーンではひょこひょこジャンプしかしないあのヘタレ。
あいつはああやって育てられた(2の主軸だ)訳だし、そうやって受け継いでしまったものを捨てるんじゃなく受け入れて次に"活かし"ていくという話は、決して誰得シリアスでも何でもない。モンスーン戦の吹っ切れるシーンの「Jack is Back」なんか最高にシビれる描かれ方だったと僕は思う。
 
己の振るう暴力や、戦う相手についてひとつも考えないヒーローなんてのは嘘だと僕は思う。考えて、覚悟を決めて、「それでも」と武器を手に取り拳を握る。それでこそヒーローなんじゃないかな。そうやって、大衆の為の英雄が要らなくなった世界で、もういちど誰かが「ヒーロー」を描き、また誰かに伝える物語。それは紛れもなくメタルギアミームなんじゃないかなと、雷電の後ろ姿を見ながら考えたのである。
 

上院議員という世界の遺物

さて、メタルギアライジングリベンジェンスを語る上で外せないのがアームストロング上院議員である。一応、本作のラスボス。メタルギアを降りたほうが明らかに強いメガネ。鍛え方の違うメガネである。
 
このアームストロング上院議員、本筋の裏で何をやってたかというと「戦争が管理され、経済として行われる現代をぶっ潰す!個人がその思想、理想の元に戦う世界を作る!」っつー、杉田やらなんやらが聞いたら泡吹いて倒れそうな野望の為にウキウキで動いていたのだ。
 
 
かつてのメタルギア世界の大統領であるソリダスは、「愛国者」によって情報統制された世界を開放し、サンズオブリバティとなることを望み、そして死んだ。ソリダス亡き後の世界。「愛国者」なき世界。しかし、マスコミの情報に踊らされる衆愚は衆愚のままだった。それを見ながらこの上院議員は「情報強者め!」と宣い、真に人々が戦える世界を作る為に戦うのだ。……というのは、なるほどメタルギアのラスボスである。
何の言い訳も出来ないぐらい、メタルギアのラスボスである。
 

 
正直、リキッドやソリダスの演説にも負けない説得力だ。そして、リキッドやソリダスに負けない魅力を持ったボスである。その理想が成った時、世界はその痛みに耐えられず、多くの血が流れるだろう。弱者は強者の理想の為に虐げられるだろう。確かにアメリカに育てられ、アメリカを体現した男かもしれない。
 

 
だが、同じように「アメリカに育てられ」「アメリカに殺しを教えられ」「アメリカを受け継いだ男」である雷電は、アームストロングと鏡に写したように相似でありながら、決定的に正反対だったのだ。即ち、雷電は「弱きを助ける」為に刀を振るうのだ。
 
決定的に正反対だとわかったなら、やることは一つ。歴史は生き延びたものが作るのである。
 
彼がきちんとシナリオに絡むのは、最終チャプターだけだ。それでも彼がプレイヤーに強烈な印象を残すのは、「余りに正しすぎる」その筋肉と眼鏡と笑顔があるからだ。
 

 
システムは、放っておいても生き延びる強者のためでなく、システムが救わねば搾取され死んでしまう弱者のためにある。そのシステムすら破壊しかねないのなら、倒すしかない。メタルギアライジングリベンジェンスのラスボス戦は、そんなありとあらゆる物が詰まった炎と筋肉と斬鉄剣のバトルである。燃えないわけがない。
 

 
雷電は「誰かを助ける」というあまりにも"人間過ぎる"純粋な願いを叶え続けるために、人間の身体を失っても戦い続けることを選んだ。個人の枠を大きく超えた力を保ち、「ヒーロー」として、新たな世界のシステムとして「俺の戦い」をおっ始める瞬間で幕が降りるメタルギアライジング。スタッフロールの始まりに僕は小さな拍手を送っていた。
 

 
長々と書いたが、メタルギアライジングリベンジェンスは間違いなく、どうしようもなく、メタルギアなのだ。
 

あと一歩及べなかったシステム達

さて、そんな血(国内版ではケフィア)と筋肉の物語であるメタルギアライジングの背骨であるバトルシステムの話に移りたい。
 
メタルギアライジングは2000年代の3Dアクションの総決算であり、決定版のようなゲームだ。だが、それ故に、どこか一歩進めなかった所も散見されてしまうゲームでもある。
 
ニンジャソードを使った戦闘は頗る楽しいのだが、敵の体力ゲージが見えないため「何の攻撃がどう強いのか」がプレイヤーに情報が与えられない。かつてマッドシティで娘を攫われた市長としてマッドギアをぼっこぼこにしていた頃から、「没入感」の旗印のもとUIを取り去ってしまった2000年代風に悪くなってしまったのだ。結局僕は最後まで、何の攻撃が強いのかわからなかった。何の攻撃でどうダメージが出ているのかわからないから当然である。
 
またシノギを使った戦闘は慣れれば正に愛と悲しみのバッサリ感を楽しめるし、やみつきになる中毒性を秘めている。それ故に2000年代のゲームが抱えてきた「3Dアクションゲームにおけるカメラ問題。及びカメラ位置によって生じるスティック入力方向問題」がここでもここぞという時に現れてしまうのが非常に惜しかった。
 
シノギは「攻撃の来る方向に合わせてスティックを倒してからボタン入力」なわけだが、折角ニンジャソードを持っているのならこれはスティックによる方向入力を省き、全方向のガードにした方がより良くなったように思える。
 
真上から捉えるのであればまだしも、現状のカメラでは「シノギを受け付けられるようにキャラの位置を把握してスティックを倒す」という、余計なワンステップがプレイヤーに挟まってしまうように感じた。
 
この「スティックを倒す」の悪い所が露骨に現れるのがモンスーン戦である。詳しくは周りのクリア勢に聞いてみよう。僕はキレました。
 

 
自由切断システムはハッキリ言ってアイテム収集の為と一部ボスの為にしか機能していないように思えた。というのも、斬撃は左スティックで調整して縦横に切ったほうがお手軽なのである。
 
もちろんその自由切断を滾る漢の滅多切りに注いだボス戦は†最高†である。いや、最THE高である。特にメタルギアのブレードを奪ってQTEやらせようと思ったお前。あんたは偉い。
 
それ故に好き嫌いがはっきり分かれるのが、アームストロング戦の「連続投げイベント」だ。今までアイテム収集か一人のボスの追加装甲を剥ぐぐらいしか使ってこなかった「切るべきところを正しく切る」という筋肉を要求される。システムを使い切るからこそ激アツな象徴的イベントなのだが、さして右スティックを正確に操作して正しく切ることを楽しいともなんとも思っていないプレイヤーは、正しく切れなかっただけの理由で即死するのだ。
※正確には100ダメージ。初期体力だと即死。
 

 
カメラに慣れ、シノギに慣れてからのメタルギアライジングは本当に夢のようなひとときだ。敵の繰り出した攻撃に合わせてシノギ、反撃で相手を真っ二つにして体力を回復、遠くから撃たれた弾をニンジャランで弾き、滑り込みからのコンボ……うーん。絶え間なく入力を要求され、その結果スバシャア!奪!スバァン!するの、最高。
 

QTEも別ゲーもお前なら許すぞ雷電

アクションゲームで嫌われるのがQTEとシューティングや強制スクロールなどの別ゲー化だが、もうメタルギアライジングなら許しちゃっていいと思う。ほんとに。
 

 
だってお前、メタルギアRAYのミサイルを渡って建物を駆け下りてバッサリだの、突き落とされたビルをドローンハックしてかっ飛ぶだの、メタルギアの脚を一本ずつぶった斬るだの、あそこまで盛り上げられたら「馬鹿じゃねえの」「天才か」と言いながらコントローラ握り直すしかないじゃないか。
 

 
一瞬スローモーションになってボタンを表示する所もそうだが、そもそも斬撃モード自体がそこまでの流れを断ち切るものであるため、プチイベントとして機能しているのも大きいだろう。とにかく、いきなりナイフで襲われたり、犬に齧られたりするアレらとは全く違うし、ボタンを押す指に力が入る名QTEが山盛りだ。メタルギアライジング最高!
 

遊べ。男の子。

 
メタルギアライジングリベンジェンスは目で摂取し、指から染み込むサイバープロテインである。細かい所は目につくが、そんなことはニンジャランで駆け抜けるうちにどこかに行ってしまうのだ。
 

 

ありがとうプラチナゲームズ
 

ありがとう筋肉。
 

ありがとう上院議員。
 
2待ってます。