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ラブライブ!サンシャイン!!6話。確かめたい夢を、やっとここから始める彼女達。

何を伝えたいのか。それは創作をする上でとても重要なことだ。書くことそのもの、描くことそのものに憧れるだけでは、筋が通らず芯も通らない。結局何を言いたかったのか。その心の剣さえ失わなければ人は歩いていける。

 ラッシャイ6話は、そんな「表現することそのものへの憧れ」からAqoursが一歩踏み出す回でした。

 

彼女たちの廃校

定期で沼津に行き放題!中学の友達に逢える!と考えると女子高生にとっては概ね楽しいことだらけでしょう。メリットしかない。現に千歌も花丸と廃統合でウキウキ。千歌は廃校の危機に乗じてPVを作ろうとするが…?というお話。

前半たっぷりかけて描かれるのは「行為そのものに憧れても具体性がなければどうしようもない」なんて、気恥ずかしくなるぐらいのワナビーの構図だ。面白いことが起きるかもとカメラを回しても何も起きやしなかった、なんてのは50年前からの当たり前ですよね。

町中駆けまわって、バスに乗って遠くの街へ行って、自転車で坂を上って、最後には皆で喫茶店でワイワイ騒ぐ。いつものような空回り。だけどその「いつも」がそう遠くない未来に終わるかもしれないと思ったとき……

まずは始めたからこそ、千歌は気付いた。浦の星が好きだったって事に。

 

助けて、ラブライブ!

自分たちで気付いて、自分達の言葉で語って、語るよりも歌って踊る。それが「おらが町のアイドル」としての「スクールアイドル」にはとても大切なことだ。歌うにしても「何を?」となっていたのが今までの彼女達だった。自分で気付けなきゃPVを作る資格がない。そういって微笑む千歌ちゃんは、すっかりスクールアイドルの顔になっていました。この子も、楽しそうに走る娘なんですね。穂乃果と同じで。

そしてもう一つ。とっくに前から、自分よりも浦の星もスクールアイドルも大好きで、ずっと自分の言葉で語ってきた存在が現れます。それが黒澤ルビィの姉にしてぱっつん前髪の黒澤ダイヤ。そんな事にもやっと気づけた千歌はダイヤに声をかけようとするが、それはルビィに止められてしまう。敢えて「スクールアイドルをやらない」事に拘る彼女と、三年生の過去の話が明らかになるのはまだ先のようです。

 

さて、内浦の海開きのシーン。ここで真っ先に気付いたのは、東京から来た梨子でした。沢山の人が来て、朝からゴミ拾いをするその光景は、内浦の人たちにとっては当たり前でも梨子にとっては新鮮なものだったわけです。「町には何もない」だなんてPV撮影の時に言っていた千歌が、「そうだ!」と階段を駆け上がり、町の人たちに協力を仰ぐ流れはラッシャイでなければ描けなかったでしょう。

確かめたい夢に出会えて
よかったねって呟いたよ

 「私、心の中でずっと叫んでた。助けてって。ここには何もないって。でも、違ったんだ。追いかけてみせるよ。ずっと。ずっと。この場所から始めよう。出来るんだ。」

”助けて、ラブライブ!
それは企画発表から、彼女達Aqoursに付きまとっていた言葉でした。その「助けて」は浦の星そのものを救う事だけでなく、地味&地味&地味で、変われなくて、変わりたくて、やりたい事が見つからなくて、やりたい事が分かっていても進めなくて、何もない場所で輝けないと思っていた彼女達そのものを表わしていた言葉でした。6話にして、やっと彼女たちの物語が始まろうとしています。


朝日が昇り、空へ人々の思いを乗せたランタンが飛び立っていきます。
見たことない夢の軌道を追いかけるように。