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ラブライブ!サンシャイン!!最終回。僕はその輝きにYesと答えることにした。

さて、早くも3ヶ月が過ぎてしまいました。
僕が記事を書けなかったのには理由があります。それは「僕が何故ラブライブ!サンシャイン!!を肯定できたのか」と「何故ラブライブ!サンシャイン!!の最終話に対して人々が憤ったのか」を自分の言葉でうまく語ることが出来なかったからでした。
今なら、自分の言葉で書ける気がします。

というわけで、前作「ラブライブ!」との比較や伝説となったμ'sの描き方も含めて、ラブライブ!サンシャイン!!の話をしていこうと思います。

 


まず、『ラブライブ!』の話をしましょう。

ラブライブ!』で高坂穂乃果は廃校阻止の為に学校の知名度を上げる。つまり広報の一環としてスクールアイドル活動を始めました。良き理解者である幼馴染の南ことり園田海未と共にファーストライブを行い、やがて彼女達は学校所属のスクールアイドルとして対外的なライブをするに至ったのです。が、穂乃果自身が体調を崩した上にライブを強行したことにより大会への出場の道が潰え、廃校が撤回された事や南ことりの留学の事もありスクールアイドル活動はストップしてしまいます。

 

ラブライブ!』の凄いところは、ここで矢澤にこに全力でキレさせた点にあります。幾度となく作中で流れる「スタートダッシュ」と、そのステージを繰り返し観ている彼女達という図は、「互いにとって互いが憧れ=アイドルである」という事を強く印象付けるものでした。そこに「あんたが本気でアイドルをやるって思ったからμ'sに入った。賭けようと思った」が爆発するわけです。神アニメかよ。(語彙力)

 

そして最終回。高坂穂乃果は「私好きなの、歌うのが」を貫き通し、更に「お前の青春を俺にくれ」とまで空港でやってのけるわけです。かくしてμ'sは未だ具体的には語らずとも、新しい夢に向かって踏み出すという区切りをつけて一先ずの幕を下ろしたのでした。

 

ラブライブ!サンシャイン!!』はどうだったでしょうか。

 

先に結論から言ってしまえば、Aqoursは一区切りを付けることが出来ませんでした。始まるぞ、始まるぞ!始まるぞ!!という加速は毎回あったし、その熱にあてられて毎週私はブログ記事を書いていたわけです。が、Aqoursは「始まっ!!!!!!」とでも形容すべき突然の終わりを迎えたのです。

確かに一度東京で痛い目にこそあいましたが、それは「自分達は期待されなかった」という、μ'sであればファーストライブの時に味わっていた話であります。しかもそれは9人になってからの話ではなく、本当に道半ばの話。高坂穂乃果の立志伝として良く出来ていた『ラブライブ!』と違い、『ラブライブ!サンシャイン!!』は単体で完結する事ができなかった。それはまるで、卒業式後の電話で終わる事のできなかったラブライブ!2期を彷彿とさせるものでもありました。ラブライブ!ありきでありながら1期のように見事に終わることが出来なかったのは、確かに不評とされても仕方のないことだったと言えます。

 

次に、最終回自体の話をしましょう。

 

実は、私は最終回がそんなに悪いものだとは思っていません。

後から加わろうとした全校生徒に対していいよいいよやろうやろうでなあなあの進め方をした高海千歌にたいして桜内梨子が言い出せなかったのも、何より「自分のピアノを続けてきた事に答えを出す」というわがまま=やりたいことを達成した上で戻ってきた事を考えれば仕方のないことです。(が、梨子が言い出せないならダイヤあたりがその辺りの話やるだろうよってなるのが全校応援の形をスマートに作れなかった制作陣の落ち度ですね。3話といいほんと話の運び方下手くそかよ。)

 ミュージカルパートは確かに退屈だったりむず痒くなる所なのですが、ここで発起人の高海千歌がどういう少女だったか思い出してみれば「余計」や「茶番」の一言で済ます内容ではないと思うのです。千歌が梨子にスクールアイドルを始めてもらうときに、ただただ勧誘するだけでなく何をしたか覚えているでしょうか。彼女はまず、知ってもらうことから始めました。自分のこと、スクールアイドルのこと、μ'sのこと、どんな歌があって、その歌にどれほど感銘を受けたのか生き生きと語りました。

それを踏まえてのミュージカル。彼女達は浦の星やAqoursのため、自分たちの0を1に変えるため、内浦の事から各メンバーの加入や味わった挫折そして今この瞬間に至るまでを赤裸々に語ったのです。その様が果たして茶番だったでしょうか?私にはそうは思えませんでした。

権威化していくラブライブ!(大会名)、そのステージで「皆、一緒に輝こう!」と叫び、会場を青い光の海にしたAqours。確かに大人の決めたルールの上では近づいて応援は禁止だったんでしょうが、そんなもん輝きの前では無力です。(断言)例え浦の星総厄介化と言われようが、皆走り出さずには居られなかったという光景は胸を熱くするものがありました。
いっそ全員出禁になるぐらいがちょうど良かったと思います。(極論)

 μ'sのように輝きたかった。
君と一緒に何かがしてみたかった。
進めない自分から変わりたかった。
中学の頃からずっとスクールアイドルが好きだった。
自分には無理だと思っていた。
ずっと探していた普通の現実(リアル)が欲しかった。
2年前に置いてきたものを取り戻したかった。

わからないままで何とかなるさと始めた彼女たちが、やっとあの時手に入れたのです。次へ進むための「ミライチケット」を。

正直なことを言ってしまうと、ラブライブ!1期の「何のライブでどうやって全校生徒どころか親まで呼んでるのかさっぱりわからん」という最終回ライブ。2期のレズスパルタン雪中行軍からの画面外A-RISE撃破と謎のアンコール(大会にも関わらずです)に比べれば、幾分かマシなんじゃないだろうかとすら考えている自分がいるのは事実です。

 

惜しむらくは廃校問題が解決していないこと、そしてたかが広報でどうにかなる問題でも到底無いだろうという二番煎じにも関わらずより無理な方向に走っていることや、説明会の人数が0→1となるところにドラマが無かった事です。特に0から1に増えるというのは、『ラブライブ!』1期2話で西木野真姫が作ったデモバージョンのスタートダッシュが流れる中で票が入り、高坂穂乃果が少し泣きそうな顔でふっと微笑んだあと西木野真姫が空を見上げるという場外ホームラン級の演出をかましているだけに残念でありました。

μ'sの廃校回避は音ノ木坂そのものが(恐らく)山手線の内側にあるという好立地の上、もともと音楽学校であり入学後にどういう学生生活を送れるのかが明白であったからこそであり、Aqoursはその伝説に縋っているに過ぎないと言えてしまう現状を2期以降どうしていくのかが気になります。『終わるってことを今はまだ言わないでいて』と歌のように、彼女達は駆けていくのでしょうかね。

 

ともあれ、ラブライブ!サンシャイン!!は一先ずの終わりを迎え、そして本格的な始まりの中にいます。一抹の不安と新たなわくわくを抱えながら、私も彼女達の言う「輝き」を信じてみようと思うのです。だって彼女達は、最後にこう問いかけたのですから。

 

 

 

 

君のこころは輝いてるかい?」と。