Fate/Grand Orderという最高級のガチャ広告について

皆さんは尿路結石になったことがありますかね。
私はあります。今年の1月の末のことでした。
ドクター・ストレンジという、ながらスマホで事故ったせいで両手が使い物にならなくなった天才外科医がネパールのカルト教団に入って紆余曲折の末リセマラで暗黒次元の悪いヤツを根負けさせて倒す映画を見た。その翌朝の出来事でした。
激痛で目が覚めました。背中が攣ったかと思いきや痛みはどんどん増すばかり。たまらず近所の病院に駆け込んでダラダラ一時間診察し、得られたのは「おしっこに血が混じってるのでまあ結石だと思います」という大変曖昧な答えと辛くなったら飲めという鎮痛剤だけでした。もうネパールに行くしかねえ…!
 
さて、そんな悲惨な体調になったきっかけの年末年始。一時の気の迷いと、何より信頼できる人々からの「FGOやれ」圧力に屈した私は、スマートフォン用ゲーム『Fate/Grand Order』をインストールする事となりました。2016年12月末の事です。しかもソシャゲ嫌いにも程がある私が福袋ガチャにとりあえず5000円突っ込むという異常事態まで付いてきています。
それもこれも、GTA5があんまりにも面白くなかった反動なんですけどね。
 
というわけでお久しぶりのゲーム記事、今回は『Fate/Grand Order』(以後、『FGO』)について書こうと思います。
 
だって私、月箱やらっきょからの型月厨だから!
 

Fate新作RPG』の名に偽りなし

 
Fate』というシリーズをご存知でない方が今更このブログを読んでいるとは思えませんが、改めて説明しましょう。
願い事を何でも叶えてくれるアイテム「聖杯」を巡り、「魔術師」と呼ばれる人々が過去の人類史に存在した英雄や偉人を「サーヴァント」(使い魔の意)として召喚して戦う「聖杯戦争」の物語。それが『Fate』シリーズです。
 
それぞれ叶えたい願いを抱いて戦いに挑む「魔術師」(マスター)達は一癖も二癖もある人々ばかり。そんな彼らとともに戦うのは物語や神話に登場する英雄たちです。「英霊」と呼ばれる彼らの生前のエピソードや因縁は自らの特殊能力や武器となり、そして時に壁となって立ちはだかります。それ故に「英霊」達は自らの正体を隠して戦うのです。マスター同士の殺し合いや、対戦相手の「英霊」の正体に迫るミステリー、そして二度目の生を得た「英霊」達の生き様が『Fate』シリーズの見どころとなっています。
 
もちろん、只のバトルロイヤルに「聖杯戦争」は収まらず、物語は思いもよらない結末を迎えるわけです。が、ここでそれを各々語ることはしません。現在を生きる人々と、過去を生きた人々の「願い」と「希望」、そして「どうしてそうやって生きる・生きたのか」が衝突する物語。それが『Fate』と言っても過言ではありません。
 
さて、『FGO』はそんな『Fate』シリーズにおいても新しい試みを行っています。まず、舞台が現代ではない。マスター達のバトルロイヤルではない。マスターとサーヴァントの一対一の契約を基本とはしていない。等です。
※勿論過去の作品では展開上、共闘したり複数人と契約したりする所がありますがここは落ち着いてください。
 
順を追って説明しましょう。『FGO』の戦いの舞台は、人類史における「特異点」と呼ばれる特定の時代です。今回はマスターが魂をデータ化して転送され、現地に存在する「聖杯」を探索・回収するのが目的となっています。細々した設定を無視して言えば、「タイムトラベル物」という事になるでしょう。
 
また、マスターは第一部の現状だと主人公しか存在しません。複数人のマスターによる争奪戦やチーム戦ではなく、大雑把に言うと「現地の抵抗勢力」と「歴史を大きく修正しようとする勢力」の戦いに、主人公一行が介入する形になっています。
 
そして主人公であるマスター。作中では所属している組織の名を冠し「カルデアのマスター」と呼ばれる魔術師が契約するサーヴァントはたった一人ではありません。何十という単位でサーヴァントと契約し、敵対する勢力とまさに「戦争」を行います。
 
そうして描かれるのは、宣伝文句にもあるように「過去最大規模の聖杯戦争」――人類滅亡、作中の用語では「人理焼却」を防ぎ、未来を取り戻す英霊達の戦いです。これは多数のキャラを出すための単なるクロスオーバーの方便ではなく、多くの英霊が主人公のもとに集い、語らい、絆を深め、ともに戦い、そして散っていく「物語」でありました。
 
今まさに改変されようとしている「その時代」「そしてそこに生きる人々」を護るために戦う英雄たち。そしていつかどこかで誰かを護るために戦い、今一度誰かを護るために召喚され戦列に加わっていく新たな英雄達の、誰も知り得ない物語。
 
そう、『FGO』は、どうしようもなく『Fate』としか言いようのないゲームだったのです。
 

ガウェインという名のゴリラ

 
さて『FGO』、物語がそれこそ歴代のFateシリーズに匹敵するほどの熱量と面白さな訳ですが、ジャンルにRPGとある通り「パーティを編成し」「キャラクターを育成し」「スキルや必殺技を駆使して戦う」作品です。少なくとも往年のスクウェアRPGやアトラスのRPGぐらいの面白さはあるんじゃないでしょうか。
 
戦闘はこの手の作品には珍しく、ほぼ体力の回復手段がありません。ポーションややくそうに相当する消費アイテムが無い。なので必殺技やスキルを用いて回復するしかない。いや、こっちが死ぬ前にあいつを殺す。あいつの必殺技の威力をゴリゴリに下げ、無効化し、こちらに1ターン限定の無敵を付け、スタンさせ、魅了し、石化し、殺す。ここまでキチンと作っているなら、ようやく「スマホで本格RPG」だのと名乗っても許されるのではないかと思いました。
 
よくある属性については『Fate』シリーズの慣習通り7種+例外数点となっており、3すくみ*2が基本と成っています。弱点を付くとダメージ2倍、耐性のある敵からのダメージは半減。回復のないゲームでアドバンテージがざっくり4倍なことを考えると、各属性1人ずつ育てるだけでは足りません。かと言ってその属性だけで固めてもスキルや必殺技の組み合わせが噛み合わないとなかなかエンジンがかかりにくい。ココらへんも良く出来ていると感じました。
 
で、数少ないソーシャル要素に「サポートサーヴァント」というシステムがあります。これはフレンドが育成したサーヴァントを1人借りてきて良い、というか1人借りて来て自分の手持ちの5人と合わせて6人で戦うのが前提です。話だけ聞いてみれば「もうレベルカンストの凄い強いの連れてきてそいつに無双させりゃいいんじゃねえの」と思うでしょう。事実、第一部の五章ぐらい迄はそれでいけます。各章のボスが全体攻撃してくるので、それを全体回避しておけばだらだら戦う分でなんとでもなるでしょう。問題は六章からです。
 
スフィンクス」による高耐久・高ダメージエネミーの洗礼を受け、オジマンディアスに謁見し、聖都を向かう。道中一緒になった難民たちと共に聖都へ辿り着くと、そこで行われていたのは救済などではなく虐殺だった……プレイヤーの「野郎ぶっ殺してやる」モチベーションが最高潮に達した所で登場するのが、円卓の騎士「ガウェイン」です。
 
このガウェイン、「異様に硬い」「必殺技ゲージの貯まる速度が異常」「しかも必殺技ゲージを更に加速させる」「そして嫌がらせの極みの全体必殺技」というゴリラのような存在であり、ビジュアルも実際ゴリラ。今までプレイヤーが「サポートさんが死ぬ前に殺しちゃえばなんとかなるでしょ」となあなあでやってきたことに対し、真正面から切り込んでウホウホしてくるのです。こいつには属性、バフ・デバフ、遅延やスタン、そして装備などなど、ありとあらゆるシステムを使いこなしてこちらもゴリラになる必要があります。
 
ここでシステムへの理解を深め、手持ちのキャラクターをどう育成すべきか考え、どうゴリラを倒すか。サポートにおんぶにだっこだったとしても、カルデアのマスターである主人公と、ゲームのプレイヤーがここでついに半ば強制的にリンクします。
 
 白亜の理想都市を守るゴリラvs人類を守るゴリラ軍団です。
 
第6章4節、ここで物語だけでなく、真の意味で『FGO』が私の中でスタートしたと言っても過言ではありませんでした。
 

ガチャという商品の最高級の広告として。

さて、ストーリーがおもろい戦闘も悪くないという話をしました。Fateはソシャゲなのでガチャがあります。
 
ガチャはやめろ。
 
 
 
これで終わらせたいところですが、今回はちょっと向き合ってみたいと思います。
前述のサポートサーヴァントはフレンドだけでなく、各章でずっと行動を共にする登場キャラクターそのものを用いることも可能。なのでストーリー上の登場人物としてだけでなく、戦闘で用いるユニットとしてのキャラクターとしての性能や演出を楽しめるのです。よって「あの場面であのキャラ本当に格好良かった」だけでなく「あの戦闘でキメたのは我が王だったんだよな…!」という各々のナラティブの部分にまでキャラクターが食い込んで来ます。
 
『FGO』の物語はほぼマスター不在。よって登場人物はほぼ英霊達となっています。何らかの理由(概ね聖杯)で誰かに付き従わなければならない者が居たとしても、その主もサーヴァントなら従もサーヴァント。死ぬ時も別れの時も、「今度は貴方と契約したい」「もう一度逢えたら、その時はカルデアがいい」「困ったら俺を呼ぶが良い」と、皆が口にします。ストーリーの終わりは一緒に旅して共に戦ったキャラクターとの別れでもあるわけです。
 
そして『FGO』は特異点と聖杯を巡る探索の旅。キャラクターの入手は単なる戦力増強に留まらず、「あの特異点で出会った彼が・彼女が今また一緒に別の特異点で戦ってくれる」という強烈な体験となっていきます。
 
そこでガチャが出てきます。
 
引けば彼と彼女にまた逢えるのです。
戦力の増強(システム)と
今度は正式に彼らと契約を結びマスターとなれる(ストーリー)の
あまりにも強力なツインアームビッグクランチなのです。
 
死ぬほど面白い『Fate』としての物語は、最高級の広告として機能しています。
貨幣焼却式・エフジーオー起動としか言いようがありません。今の『FGO』のブレイクは決して偶然ではなく、悪魔や魔神の類と言われても仕方ないレベルの「御業」の上にあると言っても過言ではないでしょう。
 
 
もうちょっと突っ込んだ話、というか各ストーリーの見所だとか人々が何故中田譲治ボイスのガイコツマンに群がったのかだとか、又の機会に書くとしましょう。一先ずは4000文字、『FGO』について軽くお話しました。 

 

色彩

色彩

 

 

次は、僕の人理修復に至るまでのお話をしようとおもいます。