「うまぴょい伝説」を歌うサイレンススズカを見て俺が泣いた訳を聞いてくれ

 よく行く居酒屋のお手洗いに、そのポスターはデカデカと貼られていた。
1998年、天皇賞(秋)。若き日の武豊騎手が跨る馬の顔には緑のメンコ。

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SILENCE SUZUKA 1994.5.1~1998.11.1 先頭を、どこまでも先頭を

 手洗いから出た私は、たまらず大将に尋ねた。
「大将、あのポスターって。1枠1番…」
串打ちの手を止め、大将は顔を上げて答える。
「貴方みたいな若い人もご存知なんですね。一番大好きな馬なんです。
 1枠1番。サイレンスズカ。」

 

 私はそんなに競馬に詳しい訳ではない。飲む、打つ、買うの3つにしたって「飲む」しか嗜まない人生を送ってきた。そんな私でも知っている「伝説」の一つがサイレンススズカだ。1990年代の事を「伝説」というのは大げさに聞こえるだろうが、私にとっては20年前の馬も、40年前のチャリティーコンサートも、400年前の戦国武将も等しく「伝説」である。

 だからその活躍も、それに人がどれほど焦がれ夢を見たかも、その夢の終わりがどうだったかもエピソードの積み重ねとしてしか知らない。どれだけ言葉を尽くしても、私は「そういう事があった」という事しか知ることが出来ない。後から知って、好きになったとしても既にその当人が故人なら尚の事だ。これから語る事には誇張や誤りが多分に含まれるだろう。その上で、私の話を聞いて欲しい。

 

 

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 『ウマ娘 プリティーダービー』という作品がある。この度、アニメ1期から数えて3年。企画発表からほぼ5年経った2021年2月末、遂にゲーム版がサービス開始となった。

 が、これについても私は待っていたわけでもなく、ウマ娘というコンテンツにハマっていたわけでもなかった。ただ周囲の熱狂に圧されインストールし、手触りを確かめられればいい位の気持ちだった。

 その、はずだった。

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 幸運にも、私はウマ娘の【サイレンススズカ】のトレーナーとなった。
※ここからはウマ娘としてのサイレンススズカを【】で括って表記する。他の娘も同様。

 

 このゲームを一言で言うなら、「パワプロのサクセス」だろう。スピード、スタミナ、パワー、根性、賢さの5つを練習で上げながら様々なイベントをこなし、目標となるレースで勝つ。育成の終わったウマ娘は次回以降の育成に「継承」という形で二度のパワーアップイベントに関わってくる。

 良い継承、良いスキル獲得の為には目標のレースを突破しなければならず、その目標のレースを突破するためには…という試行錯誤の連続とループ。予後不良や怪我による中断がない代わり、このゲームは「目標突破が出来なかった場合はゲームオーバー」という一つの区切りが設けられている。

 言ってしまえば、今の「育成」がレースに「追いつかれた」ならそこで終わりなのだ。手触りは「パワプロのサクセス」でありながら、実はその芯にはPermaDeathの精神が宿っている。即ち、「不思議のダンジョン」や「Slay The Spire」のような。

 一度勝ってしまえば、1度の育成に20分もかからない。徐々に試行錯誤そのものが高速化されるゲームだ。フレーバーが抜けきったプレイヤーが本当に向き合うのは何なのかをリリース時点で既に分かっているのは素晴らしい。

 

 さて、「目標」は各ウマ娘ごとに異なる。
サイレンススズカ】の目標に設定されたレース。それは。

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 天皇賞(秋)での、1着。

確認した瞬間、思わず息を飲んだ。
何故ならば、私の知るサイレンススズカ天皇賞(秋)で完走すら叶わず―
―その日、死んでしまったのだから。

 

ウマ娘 プリティーダービー

ウマ娘 プリティーダービー

  • メディア: Prime Video
 

 と、この辺りでゲーム版が一度長期メンテナンスに入ったのでシーズン1を一気に見た。内容については他の方の語りを存分に読んで欲しいのだが、【サイレンススズカ】はこのアニメでもメインの一角を務めている。ルームメイトである【スペシャルウィーク】の憧れで、そしてライバルだ。

 作中でも彼女は天皇賞(秋)に挑む。他のウマ娘を置き去りにしての大逃げを決め、レースは彼女の圧勝かに見えた。しかし、第3コーナーを過ぎた頃に彼女の足首に異変が起きる。体勢を崩しながら減速することもままならず、観客席に居た【スペシャルウィーク】がコースへ飛び込み逆走して抱き止めてようやく止まり…意識を取り戻した時には病院のベッドの上だった。

 医者にレースへの復帰は絶望的とまで言われた【サイレンススズカ】の復活劇と、憧れと友達を失いかけた【スペシャルウィーク】それぞれの戦いが後半の見所だ。まだ見てないなら観ろ。めっちゃ面白いから。いやマジで。

 

 ともあれ、アニメ版では天皇賞(秋)で骨折こそしたものの、【サイレンススズカ】は死ぬことはなかった。死ぬことは無かったが、彼女は天皇賞(秋)を完走できていない。

 

 ゲーム版の目標レースを改めて見てみよう。最終目標、天皇賞(秋)で1着。
 サイレンススズカが成しえず、そしてアニメでも【サイレンススズカ】が叶えられなかった天皇賞(秋)を獲る。それがこのゲームの目標だ。

 

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 様々なレースをこなし、私と【サイレンススズカ】は堅実に実績を積み重ねていった。ウマ娘には一人ずつ「夢」があり、【サイレンススズカ】の場合はレースでトップに立ったものにしか見えない「先頭の景色」をもっと見たいというものだ。

 ただただ、どこまでも先頭を走っていたい。それだけが夢。しかし、レースが勝負である限りその夢は必ず敗者を作る。学園での模擬レースで、そして本番のレースで、彼女が走った後には誰か泣いているウマ娘がいる。先頭だけを目指してきた彼女がふと振り向いた時、誰かの涙がそこにあった。

 戸惑いを隠せず皐月賞への出走を取り止める【サイレンスズカ】は、【スペシャルウィーク】などの競い合うライバルとの関係の中で改めて夢を見つける。自らを「憧れ」だと言ってくれる人々と目指したい場所。それは天皇賞(秋)での一着だ…と。

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 天皇賞(秋)、前夜。
僅かながら脚に不調がある事を【スペシャルウィーク】に見抜かれた【サイレンススズカ】は【スペシャルウィーク】に棄権するよう頼まれる。レース中の怪我は選手生命を絶ってしまいかねない。それでも【サイレンススズカ】は考えを変えなかった。そこに「先頭の景色」があるのだから。

 

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 控室で【サイレンススズカ】は身体の不調と、【スペシャルウィーク】と何があったかを明かす。プレイヤーが出来ることは唯一つ。彼女の決意と覚悟を「わかった」と後押ししてやることだけだ。元よりこのゲームはそれしか出来ない。練習メニューや出場レースを決め、スキルの形で作戦を決める。レースが始まったら、私達に出来ることなんて何一つないんだ。

 

斯くして、【サイレンススズカ】とプレイヤーの天皇賞(秋)が始まる。
サイレンススズカと【サイレンススズカ】が完走出来なかった、運命のレースが。

 

 そして、サイレンススズカは帰ってきた。

 大欅を過ぎ、第4コーナーを過ぎ。それでも足取りは力強く、真っ直ぐにゴールへ駆け抜けていった。もう沈黙の日曜日なんて言わせない。彼女は栄光の日曜日の主役。【サイレンススズカ】だ。大歓声が彼女の一着を祝っていた。

 

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  天皇賞(秋)で一着を取った【サイレンススズカ】へ「おかえり」って言ってやれる。ウマ娘 プリティーダービーはそういうゲームだったんだ。

 

 

「うまぴょい伝説」を歌うサイレンススズカを見て俺が泣いた訳

 育成目標をクリアすると、URAファイナルというこのゲームでの最終目標が登場する。これは自分のウマ娘が今まで出走してきたレース実績からコースが選択される、文字通りの「ボーナスステージ」だ。しかし競争相手も他レースで出てくるものの比でなく、決勝での一着は生半可な育成では敵わないだろう。

 もし、URAファイナル決勝で一着を取れたなら。そこで初めて見られるウィニングライブがある。その名も『うまぴょい伝説』だ。

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 初出は2016年3月、プロジェクトの発表時のことだという。ほぼ5年かかってようやくウマ娘自体もこの2021年2月に於けるゲーム版リリースに至ったとの事だ。なんかこう、Aメロで00年代後半の電波曲をやろうとする癖にBメロからちゃんとキメてきて私の心が大変なことになっている。まあ楽曲自体も素晴らしいのだが、私が言いたいのはそこじゃない。

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きょうの勝利の女神
あたしにだけチュゥする
虹のかなたへゆこう
風を切って 大地けって
きみのなかに 光ともす
(どーきどきどきどきどきどきどきどき)

  そうだよ。勝利の女神がチュゥしたから、【サイレンススズカ】はここにいる。虹の橋を渡るんじゃなく、虹の彼方を目指したんだ。まだ見てない先頭の景色だってあるに決まってるんだよ。

きみの愛馬が!
ずきゅんどきゅん 走り出しー(ふっふー)
ばきゅんぶきゅん かけてーゆーくーよー
こんなーレースは― はーじめてー(3 2 1 Fight!)

 もう私はここで涙を堪えられなかった。「君の愛馬が!」って言って良いんだ。プレイヤーとして関わってきた私の愛馬って言って良かったんだって。

 そうだよスズカ。こんなレースは初めてに決まってるじゃないか。クリスマスだって、次の春だって君にはあるんだ。

 

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 ウマ娘は奇妙な作品だ。様々な伝説を束ねてエピソードとしている癖に、「この世界に生きるウマ娘のレース結果はまだ誰にもわからない」なんて事をイントロダクションから提示している。

 その上で言いたいのは、ウマ娘は「夢」の作品だって事だ。これは別に「歴代の名馬たちが!」って事を言いたいわけじゃない。競馬には、レースという場を通した馬と人間達の因縁と物語が間違いなく存在している。とは言え、思いというものは人間からの一方通行なんじゃないだろうか。信頼や、関わったからこそ見えた思いはあるだろうけど、馬は言葉を話さない。

 だからこそ、私は願いたいのだ。「あの時あいつに勝ちたかった」「俺も一番になりたかった」と、人間と同じように馬も夢を見ていたんじゃないかって身勝手な夢を。ウマ娘はそんな、「夢」の作品だと思う。

 

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「やっとみんな会えたね」

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興味が湧いたらちょっとやってみてください。
今の所、ちょっとだけ面白いゲームですから。

 

私の夢も、サイレンススズカです。