アサシンクリードシャドウズをクリアした/万年80点の会社が出した渾身の81点を見逃すな。

テンショー・イガ・ウォーセカンド、閉幕。

 で、結局お前はアサシンクリードシャドウズをやっただろうか。世間では何やら有象無象がピーチクパーチク騒いでいる。が、それで騒ぎ散らして良いのは2025年3月19日20時59分までだ。*1チラシになんと書いてあろうが、予告編がどうだろうが、ゲームがリリースされたらその後はゲーム本編がどうであったか、それが全てだ。

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 4年前にこの記事でも書いたとおりだ。他人の評判なぞどうでも良い。エアプなんぞクソ喰らえだ。プレイして、内容がどうで、システムはどうで、その体験はどうだったか。それ以外の事なんぞ一切がくだらない。どうでもいいのではない。一切がクソほどくだらない話だ。

 というわけで今回はアサシンクリードシャドウズの話をする。今回なんとUBISOFT+に手持ちのクレカ全部弾かれてサブスクでなく定価購入する羽目になった。おいUBI。ヴァルハラに続いてシャドウズまで買わせるのか。私が真っ当な値段払ってアサクリ買ったの4以来だぞお前。

 だがまあ、先んじて言っておこう。2024年度に遊んだゲームで、無双オリジンに勝るとも劣らない、良いゲームであったことだけは確かだ。

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 では、いつもどおりシステムの話からしていこう。

オデッセイをベースのブラッシュアップ成功。
そしてやり込まなくていいゲームとして完成を見た。

 アサシンクリードシャドウズのシステムは、大失敗したヴァルハラとその後の情けないミラージュをオデッセイへフィードバックしたものになっている。この辺りはまた同じ事を書くのも面倒なので再度読んできてほしい。

  で、どういう事かと言うと 

  • 非常によく整理された2キャラ6本の成長ツリー
  • 各ロケーションに確定で最高レア装備を設置
  • 異様に小気味よく上がるレベル
  • 武器種を1キャラ3つに絞り、バラバラに取らせる事でスタイル固定を阻止

 という仕組みになった。結果どういう体験になったかと言うと、見かけた城、古墳、寺、神社、ちょっとしたサブクエスト、ターゲット暗殺クエスト、その他モロモロに触れてちょっと脱線すると絶対に楽しい事が起きることが完全に約束された。

旧作のアスレチック要素も完備。

 また、偉いことに探し回る収集要素もロケーション内に限定することで無闇に野山を駆け巡る事をさせず、「地図にマーカーを配置して野山を疾走、その途中にランダムイベントがあったら参加」という綺麗な落とし所を作ることに成功した。引き換えにブレスオブザワイルドで言う「コログ」、つまり野山を駆け回ることそのものに報酬を渡すことは諦めたが私はこれで納得している。これで良い。皆ベセスダに憧れて試行錯誤したが結局はオープンワールドなぞビーコンに向かって走るゲームにするのが最適解の一つだ。

今作では城を見つけたら取り敢えず登ってシンクロするのが礼儀。

 で、その上で「やり込まなくて良い」というのはどういう事かと言うと、レベルで侵入可否を分ける35を超えた時点で「遊ぶとレベルが上ってしまい、装備更新しなくちゃいけなくなる」以外、あんまりレベルは機能しなくなる。先に書いた通り「最高レア装備が確定で置いてある」から何かしらのクエストをコンプリートだのなんだのとプレイヤーなりの中期目標をこなして満足したら、本編を進めて終わってしまえば良い訳だ。

 そもそものゲーム設定難易度に加え一撃暗殺もオプションで完備となっている。一部育成要素が死にはするが、HITMAN的暗殺パズルとして遊んでも良いように今回も作られているので、遊びたい人はだらだら遊べばいいし、レベルの合わない所ではHITMANしてもいいし、それはそうと本筋しか興味ないなら駆け抜けて良いという風に今回はゲーム自体が組まれた。

 言い換えてみれば、今作はAAAタイトルとしてプレイヤー毎に違うことこそするが同じような満足度を提供しにかかったという事だ。そしてその上で遊びたい人向けの装備更新の螺旋もよく練って作っている。オデッセイ的システムの完全版と言って差し支えない。

ソウルライクってこんなもんで良いよねの一つの解

YASUKEは刀、薙刀、金棒できっちりチャンバラが出来る。

 本家ソウルシリーズがでんぐり返し、野暮ったいジャスガ、術で防ぐの3択である所をアサシンクリードシャドウズは青攻撃ジャスガ、赤攻撃ローリングで連続成功してぶん殴りタイムにするか、戦う中で溜まるゲージでぶん殴りタイムにするかというゲームになった。これは「ソウルライク」について2010年代後半から様々な会社が試行錯誤し、そして「うっかりしたら死ぬが基本的に多勢に無勢で挑んでぶっ飛ばすゲーム」としてやはり無難な最適解である。

 が、この無難な最適解について「忍者はカキンカキン弾いて一気に叩き込む」「侍は一気に居合斬りで肩をつける」などのハッタリも完備しており、適度に緩いジャスガ受付も相まってちゃんと楽しいチャンバラアクションに今作は仕上げてきた。超能力的な部分も鳴りを潜め、「一気に接近しての連続攻撃」ぐらいまで必殺技も抑えてきている。しかも必殺技では血だけが鮮やかな赤、それ以外は白黒になる。ワザマエ。これもやはり別ゲーではあるが無双オリジンも結構近しい回答を出しており、両者共に令和7年に「うっかりしたら死ぬ」「多勢に無勢」の2つでどうヒロイックに暴れさせるかをきちんと研究してきた印象だ。

 先に書いた通りオデッセイをベースにしているので、このゲームの装備関連はハクスラだ。なので遊ぶごとに装備更新がおき、「こうしたら強い」が装備側から提示される。なので操作自体は同じでも、ちょっと味付けを変えて戦いたくなる。ヴァルハラで1つの武器をモーションで選んだらそれで終わりという失敗をした後なのもあり、ここのあたりは反省を活かしてきたといって良かろう。

 ただ残念なのはせっかく「腕を落として首を掻っ切る」「明らかに首を落としている」ような動きをするのに、日本版は明確に表現を劣化させられている所だ。「攻撃すると相手が反応を返す」はビデオゲームの一番根っこの部分であり、そしてバトルに勝利したプレイヤーへの褒美でもある。そしてプレイヤーがした行動の結果がやっとシュワっと消えずに残せるようになったと言うのに、日本版はクソ劣化版だ。もののけ姫』でアシタカが腕やら首やらを吹っ飛ばす様は20年に渡ってテレビで流しておいて、ビデオゲームは本来意図された表現を各々が自主規制で潰してくるのは愚の骨頂としか言いようがない。横で「モンスターの傷口を更に抉る集中攻撃」だの「四肢を狙い尾を切り落とし角を砕く」だのやってるIPがあるのに、人間相手は規制しますは納得がいかない。なあゾンビ相手の筈なのに国内版は黒塗りにしてるカプコン!!!

 表現への恨み節はここまでとして、先のハクスラとチャンバラはきっちり噛み合っており、40時間程度遊んでてもそんなに飽きることはなかった事は断言しておく。ここから先はSEKIROか無双オリジンか、そのどちらしか無いのだから。

応仁の乱以後の「百年」を、シャドウズはこう描いた。

「戦乱の世」の話をする時に、武将の生き様の話しかしないのは盲目と言ってよかろう。

 アサシンクリードシャドウズの舞台は戦国末期だ。「あーね、信長がいて合戦がうぉお~志がうぉお~なんでしょ」という話ではない。応仁の乱から百年、そこら中に死が転がっている。落ち武者は荷車を襲い、道端には腹を食われた馬の死体。城には焼け焦げた死体の山。山は荒れ果て禿山となり、陣地には敵方の首が晒されている。

 「大名達はどういう志を持って戦って、そして散っていったのか!」というドラマは一旦抜きだ。そういう戦国ロマンだの、新書に並べてあるような武将の志だの、そういう話でない。勝った負けたではない。合戦の度に何千という人々が殺された。比叡山では女子供まで皆殺しにされた。伊賀国9万の民のうち、3万人が殺された。

 そういう目線から、「考え方が怖いぞ魔王信長」でなく「何十万という人々を死に至らしめた男、織田信長」の話をしている。物語の実質的な開始は本能寺の変直前だ。蘭丸も使えば、イエズス会も使う。お付きの黒人奴隷が珍しいからと見てみれば、鯉口を切らずとも周囲に目配せの出来た者だからと引き取る。銃は今後の合戦を変えると言い切る。その結果、織田の勢力は広がり、そして何人も死んだ。

イエズス会の黒人奴隷。こいつは言葉なんて分からないっすよw扱いされた男。

イエズス会に「こいつやれて草履取りっすよw」と言われた後の言葉が三谷幸喜クラス。

 イエズス会の黒人奴隷をニヤニヤしながら引き取った次のシーンは、第二次天正伊賀の乱で「弥助」と呼ばれるようになった黒人奴隷が伊賀の民を鏖殺するチュートリアルチュートリアル後はその焼ける里から逃げる一人のくノ一に場面は切り替わる。

 ◆ゴウランガ!イガ・ニンジャクランを襲ったのはオダ・クランだけでは無かった!イガ・ディストリクトのコーフンに隠されたアサシン・ボックスを狙うダークニンジャ・シンバクフの登場だ!足を砕かれ動くことは叶わぬ娘のクノイチ、ナオエを守るため、そしてイガを守るためにフジバヤシが走る!矢で射抜かれようと!テッポで撃たれようと!フジバヤシは走った!

櫻井孝宏ボイスのシンバクフ・ヘッドは何ら不思議でない。いいね?

 ◆エンカめいたBGMが流れる!ベベン!ベベン!だがフジバヤシのブレードがダークニンジャ・シンバクフに届くことはない!ナムサン!ダークニンジャの一味のカタナがフジバヤシを一閃!「グワーッ!」「トドメは刺さぬ、マグロめいて死ぬのがニンジャにとって最も恥…」「オトウー!オトウー!」ナオエのすすり泣く声だけが夜空に溶けていった… 

 はい。ここでタイトルロゴが出ます。ここまでの流れに脚色無し。本当にそういうゲーム。序盤から終盤まで伊賀忍者残党としての奈緒江の復讐譚なんですよね。

 おちゃらけてるのかガチなのかどっちなんだいという話をすると、「伊賀忍者の反撃!ケムリダマ=ジツの登場だ!」などのカットシーンの品質は実際良く、そのハッタリの効いたシーンで伊賀忍者のテーマとして前述のエンカめいた和風ロックが流れるようになっている。そもそも今作のメインテーマが和風ロックなのは一年前から各種サブスクで配信で周知の事実だし、弥助が彼自身として立ち上がる重大な局面で流れるのもスワヒリ語の曲である。

 誰もが泰平の世を望みながら、誰の手も血で汚れている。未だ終わらぬ屍山血河。傷ついた奈緒江がようやく歩けるようになった天正10年、本能寺の変直前。大坂・堺から物語は始まる。

「三木の干殺し」の生き残り。別所氏。

 さてそんな物語の質だが、ハッキリ言って三谷幸喜司馬遼太郎山田風太郎作品等現代日本の「作風」を取り入れつつよくやっている。特に感心したのは「石山本願寺のリベンジ戦」や「三木の干殺しリベンジ戦」の描き方だ。そもそもが伊賀忍者の復讐というベタなラインでありながら、織田信長の起こしてきた戦で死んでいった人々の話を大河ドラマでもなかなかやらないぐらいの深堀りで描いている。ゲームとしては序盤のの摂津・尼崎をクリアした後に本能寺の変で信長が死ぬのだが、この「信長が死ぬ」という事で即豊臣の方にカメラが向かないのが結構斬新だ。

 というのもこのゲーム、ゲーム期間の9割は本能寺の変から山崎の戦いの間、俗に言う「三日天下」の時期が占めている。なんならシナリオの都合で山崎の戦いを起こすと、城に居る明智兵なんかおかしくねえか?となるぐらいだ。

こういう所の「めっちゃ日本やん」って思わせ方が凄い

 この「三日天下」の間に四季が巡る。それはゲーム的都合だ。別にずっと天正10年6月でもいい。そっちの方が工数も圧倒的に少なく済む。だが、このゲームは季節が巡った。

 各種ロケーションはうんざりするほど日本だ。

 清須会議はまだ遠く、大坂城は未だ成らず、そこら中に織田信長の残した癒えない傷が残っている日ノ本。誰もが違う形で望んだ「天下泰平」の為、くノ一と侍が走る。

 変なゲームではあるが、まあどう見ても日本だ。愛だのリスペクトだのを各々感じ取るのは私にとってどうでもいい。「感じない」と言い張るのも、同様にどうでもいい。アサシンクリードシャドウズは、そういう「織田信長の死んだ後の日本」の話を延々とやるゲームである。

それはそうとシャドウズワールドのエピソードとして。

ちなみにコッテコテの「伊賀もんがァ…」「甲賀もんがァ…」もある

 お決まりの部分も押さえてあり、伊賀のくノ一と甲賀のくノ一が協力する話もある。というか話を進めていくと仲間になる。この仲間になるまでが各地域の物語の一つの節目となっているが、それはそうとして別にやらなくてもよい。

 各地域の暗殺目標を倒した時点でもう他に行ってよく、物語としては「近江編エピローグ」とか「尼崎編エピローグ」という扱いに近い。実際私は石山本願寺編で仲間になる「やや」という大柄な女性とこの甲賀くノ一の「勝姫」以外、真エンドを迎えるまで仲間に加えることはなかった。

 シャドウズにはこの「エピローグ・仲間加入」に代表されるようなサブクエストが本当に膨大な量用意されている。「傾奇者」「悪代官」「海賊」など地域を困らせる悪者が居るので、それを退治せよという筋書きでマップに更にビーコンが増える。やってる事は忍者と侍でありながら「仕掛人」では?

 ともあれ、やる事がたくさんある。たくさんあるということは、膨大な「安土桃山時代のエピソード集」が納められているという事でもある。手を変え品を変え語ってくれるので、変な言葉だが「飽きるまでは飽きずに遊べる」だろう。

そして奈緒江と弥助のオリジンとして完全に成功した。

人生を奪われ、人生を奪ったもの。
誇りを奪われ、誇りを奪ったもの。
親を奪われ、親を奪ったもの。
それでも。

 物語についてあらすじ紹介は敢えてやらない。

奈緒江、弥助の二人だが奈緒江は「里から出なかった伊賀忍者」として、弥助は「異邦人」として、実はどちらも安土桃山時代の日本を知識として知っていてもその知識に血の通っていない2人として物語開始時は描かれている。

 その中で奈緒江は伊賀の里から出て、様々なことを知る。誰かの親を自分も殺していた事を。死の連鎖を続けるだけでは信長と同じだという事も。様々な人が泰平の世を望み、皆がやり方を間違えたり、力が及ばずまた別の悲しみを引き起こしていたことも。

 その中で弥助は「ディオゴ」としてでなく、上泉伊勢守から剣も文も学び、そして「誉」の何たるかを学び、師の為に刀を手に取り、その忠義ゆえに侍となった。そしてその侍は「身分」としてでなく、「信条」こそが侍であるのだと自覚した。だからこそ「信条」は時にぶつかり、その果てに戦う他ない事もあると知った。

 故郷も、母も、名も、何もかもをテンプル騎士に奪われ、それでも命だけを繋いだ自分に「日ノ本」という国は彼に生き方を与えた。「弥助」という名ですら、いつか誰かの憧れた人の名を拝借したものだという本編の解釈は実にいい仕事をしたと言っていいだろう。

 そんな奈緒江と弥助の二人が出会い、16世紀末を駆け抜ける。アサシンクリードシャドウズの物語はこの二人のオリジンとして完全に成功していたと言いきっていい。冒頭にも書いたが、遊ばずにぐだぐだ言う暇があるならまず遊ぶべきだ。その価値は、間違いなくある作品だったからだ。

 

 

 

81点ではあるが85点ではないワケについて。

古墳がマジでつまらん。

 さてここまで褒めてきたように見えるシャドウズだが、実プレイ部分ではそこそこイマイチな部分も散見される。本作にはアスレチック要素として◯◯の道という野外マップと、古墳という地下マップがある。この地下マップが問題で暗いし埴輪が多いし暗いしアスレチックしてもつまらないし何の物語性も爽快感も無いしついでに暗いし埴輪が多い。オリジンのピラミッドから思うが暗い迷路をやりたがるのは流石にララクロフトの事が好き過ぎる。

HITMANとしては面白いがやる事が辻斬りシミュレータ2025

 城攻めは歩き回ってる侍大将を殺す事で天守閣の激レア宝箱が開くようになるのだが、「何も殺すことは…無い!」みたいな本筋の後だと内容の乖離が激しい。あとシンプルに侍大将探しが面白くない。ちょっと重めの戦闘は山伏や弥助編に持っていったから人探しにしようとしたのはわかるが、うじゃうじゃいる兵の中から侍大将を探すために何十分も城にいるのはまあ先に飽きが来てしまった。しかも弥助はアスレチックが出来ず、奈緒江は特定箇所を動かせないので城のシンクロと特定アイテム回収を2キャラ別々にやる必要がある。ここは明確に落ち度と言っていいだろう。

石垣が登れないので観光客よりガッツがない

 今作の「どこでも登れる度」はアサシンクリードミラージュをベースにしている。つまり3で「めちゃくちゃどこでも登れる」としたアサシンクリードは、木も坂も石垣も全然登れないものになってしまった。これは進行ルートを制限することでいきなり天守閣に行くのでなく「ここをこう行ってこう」とさせる為に仕方のないことなのだが、シリーズを通して遊んでいればいるほど違和感がある。特に「坂」だ。

重ね着させてくれ頼む

 物語としてはダブル主人公の片割れとしてよく出来ている弥助だが、アクション面だと「アスレチック不可のパワータイプ」でしかなく、しかも装備が甲冑か着流しなので操作キャラとしては見た目もイマイチだ。弥助を使わせる為に用意してあるものがマップ上にちびちびあり、其の為にキャラチェンジを要求されるのはあんまりおもしろくない。

 「弥助でしか話しかけられない、とわざわざ言うセリフ」を用意するなら、話しかけた時点で自動的に弥助に交代すべきだし、なんなら戦闘中もジャストガードしたら弥助に交代したりヴァリアブルコンビネーションをするぐらい手軽なキャラチェンジが出来たほうが良かったんじゃないかと思う。

神社は強化要素としても歴代最悪の出来

 強化要素のうちロケーションは「寺の巻物を探す」と「神社にお参りをする」の2つがあるが、このうち神社へのお参りが最悪だ。神社を見つけたらポイントを探し、全てのポイントでいちいち二礼二拍手一礼を眺めねばならない。ゲームのテンポとしては最悪の部類だし、何よりここ百年の現代的作法をプレイヤーに強要しいちいち見せられる。「ちゃんと二礼二拍手一礼してる」でキャッキャ出来るのは最初の一回だけだ。

 

 そんな感じで「ああ、いつものアサクリか」と思った人、おめでとう。そうなんだよ。これはいつものアサシンクリードだ。いつものアサシンクリードだが、何故かいつもよりかなり出来が良いアサシンクリードと言って良い。

 興味があるなら手に取るべきだし、遊びもせずにグチグチ言ってるならさっさとやるべきだろう。何せゲームはとっくに出て、そして筆の遅い私がもう記事を書き終えるほど時間が経ってしまったのだから。

 遊びもせずに騒ぐよりも、遊んで騒いだほうがよっぽど楽しいと私は思うよ。
 遊んでみてね。

*1:UBISOFTで買うかサブスクに入ると日本では発売日前の午後9時には遊べた為、このように記載する。