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数字は大事にしてほしいなと思ったって話。

Game

数字。
コンピューターゲームは数字との戦いである。
プレイヤーは画面の数字とにらめっこして、次のターンに何をするか考えたり、人口を増加させるための策を考えたりする。何もかも不安定なゲーム世界の中で、安定しようと踏ん張る。

僕はゲームで数字が大きすぎるのがそんなに好きではない。

終盤で宿屋の宿泊料金がゲーム序盤の何倍にもなっているのは好きじゃない。武器防具の類が天文学的な値段になっているのも良くない。その値段は「このぐらいになる頃にはこれぐらい稼いでいるだろう」という予測に基づいたものであり、決してゲーム世界での価値で考えているわけでは無いからだ。

プレイヤーは無尽蔵に貨幣をモンスター達から巻き上げる。だから、その巻き上げ方に応じて更に高く値段を設定しなければならない。終わらないインフレだ。「前に訪れた村より何だか高いぞ」とか「消費アイテムは買いやすくなったな」とか、そういう物でしかなくなってしまう。それはプレイヤーの為に用意された武具であって、決して物語世界で戦士や傭兵たちに販売している店ではなくなってしまう。

レベルアップを続け、全部のアビリティを解除した。Aボタンを押すと少女が杖でモンスターに殴りかかる。99999ダメージ。モンスターは一撃で倒れた。どんな召喚獣より、彼女の一撃の方が強い。これは単純に「これでゲームクリアです」とかそういう話じゃない。リミッター解除でゲームはついに壊れてしまった。それはゲーム世界からプレイヤーを最も醒めさせる事態に他ならない。どんな魔王も、何千年も前の呪いも、彼らにはもはや敵わない。

とあるゲームでは100人倒したら終わりのチーム戦も1人倒して+100点に設定され、10000点到達がゲームセットの条件とされている。最低が100点なので、下二桁は変動しない。カードゲームにも、死んでいる桁のあるものが少なくない。

シューティングゲームならまだ分かる。弾幕を回避し、敵軍の圧倒的物量を乗り越え、山ほどアイテムを取得してこそ、というゲームデザインが成されているからだ。だけども無限に成長し、無尽蔵に富を得た結果が「プレイヤーの為に用意された世界」と「最早魔王ですら虫けらのように扱うプレイヤー」じゃあ、なんだか味気ないと思うのだ。世間にはレベルが数千とか、体力が何百万もあるゲームも存在するが、もっともっと数字を大事にしてほしい。

ドラゴンクエストの序盤、主人公達は40ポイントもない体力で、モンスターと1桁ケタのダメージの攻撃を繰り返す。得られるゴールドも経験値も少ないが、だからこそレベルアップで数値が1とか2上がっただけでダメージの増減が実感できるし、3桁の攻撃に怯えることになる。1上がるだけの種を喜び、アクセサリの選定を行えるのは桁が小さいからだ。

Civilizationでは攻撃力が5とか、防御力が3とかそういう次元だ。それらのユニットを組み合わせ、地形効果や支援を得て、ようやく20とか30になった所で戦いを始めることになる。移動力だって1や2だ。だからこそ考えようがある。だからこそ少しの差が積み重なって脅威となる。

Falloutの世界では、狂った値段での取引は行われない。経済活動を行わない限り貨幣がプレイヤーの手に渡らないのもそうだが、取引の相場はどこまでもプレイヤーの為でなくゲーム内の世界の相場であり続ける。確かにスカベンジャー(ゲーム内でジャンク漁りを生業とするもものの事)を長く続けていれば貨幣は溜まるが、それにしたってやりたい放題にはならない。

単位を究極まで小さくしていったゲームがある。序盤では敵の攻撃も、自分の攻撃ですらダメージは1。ニンテンドー64でリリースされていたマリオストーリーという作品だ。この作品ではレベルアップの際も「3つのパラメータのうちから1つ選んで、1だけ上げる」という簡略具合で、ラスボスの体力もなんと99しかない。そして、このゲームではダメージを足していくために、ユーザーの操作を必要とする。ハンマーを振りあげるためにスティックを引っ張ったり、踏みつける時にAボタンを押したり。そうやって加点していく楽しみを提供することに成功している。

扱う数値の桁を見直し、シンプルにまとめ、無意味な数字を削り、インフレーションを防ぐ工夫を施す事はゲーム世界へプレイヤーを没入させる手助けになる。この「1ポイントが大事」という感覚を、紙とサイコロでゲームをしていた先人達も味わったこの感覚を忘れないでほしい。

コンピューターゲームだからこそ大きな数字を扱って、迫力を出したいのも分かる。だからこそよく考えてほしい。11000ダメージも11023ダメージも大して効果の変わりがないのなら、もう下二桁は表示はされど何の考慮もされない数字なわけだ。その数字には”重み”が無い。そんな数字なら丸めたほうが分かりやすいし、プレイヤーもゲームの変化に敏感になる。何より、その手の視覚的な新鮮さというのは簡単に慣れて忘れられてしまう物だ。「なあんだ、ボスのHPはたった5万かよ」となってしまったゲームを僕は知っている。

死んでる桁があるなら丸めたほうが良いという話とゲーム内インフレの話が混ざってしまったが、今一度「ゲームバランスという物を考え直す」上で、シンプルに組んでみてはいかがだろうか。大きな数字を取り扱いすぎて、作る側も遊ぶ側も大変になるぐらいなら、将棋やチェスのように「移動力1」に一喜一憂したほうがずっといいなあと僕は思うのだ。