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Grand Theft Auto 5 キャンペーンモードレビュー:その世界そのものに価値は無かった。

グランド・セフト・オートオープンワールドゲームで世界一売れているゲームなのは、まず間違いがないだろう。が、肝心のゲーム内容といえばどうだろうか?数々のフォロワーが生まれ、そして代を重ねて行く中で「グランド・セフト・オート」は何か尖れただろうか?

2016年12月、ついにGTX1080を手に入れた私はPC版を入手して一気にシングルプレイヤーをクリアした。大晦日も2017年の元日も全て費やして、私が得たのは。

「もうこの作品を遊ばなくていいのだ」という、安堵だった。

ロス・サントスという空っぽの街で。

GTA5の舞台はバカでかい島の南部の都市「ロス・サントス」と北側の田舎「ブレイン郡」に分かれている。まあ、広い。広いし、街のコピペ感みたいなものは全くない。確かに作り込まれているし、何処を撮っても画になる街だと思う。高速道路を5分走れば街の景色がガラっと変わるし、眺めるだけなら飽きないだろう。眺めることが好きで好きでしょうがないなら、だが。

だがこのサン・アンドレアスの地はゲームの舞台であり、プレイヤーが暴れ倒すステージである。眺めるだけで面白いというのならGoogleストリートビューで良いはずだ。プレイヤーがキャラクターを操作して、そして行動の結果を受け取る。ゲームとは双方向性の娯楽なのだから。

長々と書くのはやめよう。
ロス・サントスには何も無かった。空っぽだった。

いや、確かに武器屋はある。服屋もある。多数のミニゲームを起動出来る場所がある。パクってきた車をしまっておくガレージもある。カネを費やせば店や施設が買える。だから何だというのだ。

プレイヤーは施設の破壊だとか地域の制圧だとか支配だとか、そういう形で遊ぶことはない。フリーラン中に出来ることと言えば警察に喧嘩を売って一人で籠城事件を起こすだとか、特段ドラマチックな事が起こるわけでもないカーチェイスをやるだとか、それこそドライブをするぐらいだ。その警察に喧嘩を売るのだって特別面白いわけじゃないし、何よりゲームからの報酬はない。

例えば『サン・アンドレアス』はどうだったか。あのゲームは正に縄張り争いの作品だった。ミッションだけでなくそういう小競り合いの作品だった。『ゴッドファーザー』はどうだろう。同じように縄張り争いのゲームだ。こっちの場合は更に面白くて、フリーランで自分の組のものじゃない店をひとつひとつ潰して自分たちのものにしていくのがゲームの軸の一つだった。『ジャストコーズ』はカオスを巻き起こす事が目的のゲームだからというのもあるが、小さな村から巨大な軍事施設まで片っ端から潰していくのがミッションの発生条件ですらあるのだから、そのオープンワールドとの戦いそのもののゲームだった。

同じクルマのゲームなら『ニード・フォー・スピード モスト・ウォンテッド』はどうだったかというともう10年以上前のゲームだと言うのに未だに「カーチェイス」を主軸にしたゲームで右に出る者がいない。レースや勝つために車を買ってカスタマイズし、そしてビッグになるために警察から逃げ回る。警察から逃げると「バウンティ」という名声が高まるので、警察との戦いにゲームから価値を持たされているわけだ。

その警察とのカーチェイスが絶品で、タイヤをパンクさせる「スパイクベルト」を始めとした様々な妨害要素と追いかけてくる警察車両の数がえげつない。そしてその警察を巻く為に街中にある「パースートブレイカー」というオブジェクトの存在が大きい。これは例えば「巨大な看板の柱を破壊して路上に転がす」だとか、「ガソリンスタンドを超格好良く通過して大爆発を起こす」だとか、ドラマチックな演出とゲーム内の実益を兼ねた要素だった。そうしている内に自分の中に「逃走ルート」みたいなものが出来てくる。あの角を曲がれば大爆発。走り込めば走り込むほど街を使い倒せるようになっていく。

GTA5には、そういうものはない。ランダムイベントぐらいしか街を走る意味すら無い。全て「ミッションを始める」か「ミニゲームを始める」ために、タクシーに乗っていれば良いのだ。

 

作中でトレバーが言ったとおり、ロス・サントスはハッタリの街だ。

 

行動に応じてキャラが成長する?だから何だというのだ。それが目に見えて性能が変わって、ミッションの難度に影響してくるというのか。車のカスタマイズが出来る?確かに一部ミッションで自分の車両を使うことはあるが、ちょっと早くなったからって何だというのだろう。オープンワールドの常だが、車両はダメージが蓄積していくし、だから使い捨てていくものだ。更に今作では「逃走車両の確保」が一部ミッションに組み込まれていることが必然的に盗んだ車を使うことになる。車を弄ったからってどうなるわけでもない。

確かに衣装は買える。だがこの衣装もキャラクターをスイッチする事で勝手に着替えてしまうし、ミッションの中で変装するなど「アバター要素」としては失敗している。各種施設のミニゲームでキャラが成長することもあるが成長が特にゲームに影響を及ぼすかと言われたら前述のとおりだ。

となると街で重要なものと言えばもう一つぐらいしか残っていない。武器屋だ。武器屋ではザコ敵から拾えない爆発物…特に重要なロケットランチャーやグレネードランチャーの弾を買うことが出来るし、防弾チョッキを買う事ができる。またスナイパーライフルに高倍率のスコープを、その他の重要な銃に拡張マガジンとライトとサプレッサーが付けられる。これだけは流石に代替が効かないしミッションの行方を左右する。ミッションで戦闘が生じた場合は補給していきたいし小まめに通うことになるだろう。

確かに妙な収集物はある。あるがそれはトロフィーや実績解除に躍起になっている人でもない限り、関係のないものだ。

プレイ時間の8割プレイヤー介在の必要なし

GTA5のプレイ時間の8割は「待つ事」と「話を聞くためにハンドルを握ること」に費やされる。このゲームで一般的な流れを整理してみよう。

  • ゲーム開始、もしくはミッションクリア直後
    次のミッション開始地点が表示される。特定のキャラクターでないとミッションが始まらない事があるのでキャラクターを変更。キャラクターを変更時に大きく場所が変わってしまうため改めてミッション開始地点を確認。タクシーを呼ぶか車で移動するか決める。
    タクシーを呼ぶ場合はスマホを操作して、30秒ほどタクシーが来るのを待つ。バグか何か分からないが来ない時があるので観念して数分間のドライブを経てミッション開始地点へ到着。
  • ミッション前のイベントデモ。やはり数分間見る。
  • イベントデモ終了。ミッションの目的地へ向かう。
    これが1キロ2キロ離れているだけなら良いが5キロとか10キロとか平気で遠くの場所を指示することがたまにある。タクシーを呼べるならいいが、無線もしくは同乗者の話を聞くために数分間のドライブを強制される場合は諦めてドライブする。
  • ミッションの目的地に到着。
    大体、人殺し(アクション)かカーチェイス。カーチェイスの場合無線もしくはイベントの起きる場所まで移動するために殺して終わりにすることが出来ないので、事実上ただのドライブである。いやまあ置いて行かれたら失敗でまたドライブやり直しだけど。尾行任務の場合もっと悲惨で時間費やして待ったり、ちんたらちんたら安全運転して終わり。
  • 一段落後にまた移動。
    「同乗者を家へ送っていく」とか「盗んだ車を届ける」とか「盗んだブツを運ぶ」とかまあ理由はいろいろあるけど、つまりやることはドライブ。長いやつだと5分とか。

こんな感じだ。あぁークソったれ!!!!ファック!!!ふざけるな!!!俺は銃をぶっ放しに来たのかボイスドラマのついでに退屈なハンドル操作とペダル操作をさせられに来たのかどっちなんだ!!ええ!?定価60ドルのゲームでこれはどうなんだ!ファック!!!!!!

思わずトレバー化するぐらい酷い。一昔前のゲームが「ムービーゲー」ならGTA5は「ドライブゲー」といっても良いだろう。カーチェイスゲーじゃない。「ドライブゲー」だ。タクシーを呼んで待たなきゃいけないファストトラベルの仕様そのものにもうんざりするが、ストーリーテリングカットシーンと移動時のボイスドラマにほぼ任せてしまったのは悪手としか言い様がないと思う。

カットシーンもボイスドラマも、どちらも時間の主導権がゲーム側にあるのが問題なのだ。並べられた台詞を読む(ダイアログ)ならばプレイヤーに一気に情報を流し込むことが出来るし、ボイスメモを聞く(内容が書き起こしてあるならモアベター)のもプレイヤーが選ぶことが出来る。スマホのメールやWebブラウズで世界観をもっと叩き込んでも良かっただろう。だがカットシーンは会話の上なによりキャラクターが演技するから見ていることしか出来ないし、ボイスドラマもフルボイスで聞かされてそれを飛ばすことも出来ない。言い方は悪いがオートモードを強制されたエロゲみたいなもんだ。その尺に合わせてドライブの時間が設定される。操作しなくていいだけエロゲのほうがマシだ。もちろん目的地が設定されているので、到着が若干遅れた場合はダーク♂尺余りが発生するし、逆に到着が早まった場合は全て聞く前に別のイベントが発生する。ファック!!!あとこれは字幕なのが悪いが運転中に画面の下端見てられるか!!ファック!!!!!!!!!

GTA4からGTA5の間に様々なゲームが生まれ、そのゲーム達は様々な方法で世界と物語を語った。それと比べるとGTA5の「語り方」は、あまりに拙く、そして押し付けがましいものだったと言わざるを得ないだろう。

 それでも駆け抜ける3人のギラギラした男達は素晴らしかった。

さて、語り方の話はもういい。語られた内容の話をしよう。

GTA5には3人の主人公がいる。日々ビッグになりてえなあと思いながら車泥棒を続けるフランクリン。9年前に銀行強盗に失敗しFIB(言わずもがなFBIのパロディだ)の非公式の証人保護プログラムの元でぬくぬくと生きる中年男性マイケル。キチガイと一言で切って捨てるにはあまりにも純粋で、可愛く、そして輝こうとする男トレバー。

ミッション内外で3人を切り替えていく試みは、ハッキリ言って成功している。燻っているフランクリンの物語が元犯罪者のマイケルに接続し、マイケルの現在の燻りとフランクリンの燻りが重なって宝石店の強盗へと繋がっていく。マイケルもマイケルで腹回りが弛んでいる割には娘や息子の非行や危機、そして嫁さんの浮気には全力で動くアグレッシブクズ親父なのが遊んでいて最高に面白い。

そしてその宝石店の報道が砂漠で暮らすトレバーに届いた瞬間、物語は一気に加速する。ヤク中のバイカー(しかも4のDLCの主人公!!!)から彼女を寝取りながらの登場という前代未聞の顔見せとなった男は、現在の身の回りのイザコザを全て爆破し燃やし尽くしてからロス・サントスへと向かう。トレバーも変なスイッチさえ入らなければ―後々、幼少時の事が原因で精神障害になった事が分かるのだが―いいやつなのだが、何にせよトレバーはトレバーだからしょうがない。儲けられそうな事があれば構わず頭を突っ込むし、周りのことなんて知ったこっちゃない。電子戦担当のレスターと合流し、新生泥棒チームはロス・サントスを股にかけて暴れまわ……るわけではなかった。

 

ここからがGTA5の最大の問題、というか好みのばっつり分かれる所だ。家族の出来たマイケルは9年前にFIBのデイブと取引をし、トレバーを殺そうとした。その弱みを握られた為に、主人公たちはゲームの終了時点までずっとFIBのスティーブという男の言うことを聞き続けなければならなくなるのだ。

FIBのスティーブ、その友人で資産家のデビン、2人から請け負う仕事は危険な割に実入りがない。この記事の前半で書いたとおり、このゲームで実用的なカネの使いみちなんてのは武器しか無い。だが本当にストーリー上でも報酬が無いとなると、いよいよそこに残るのは徒労感だ。

仕事はうまく行かなくても、少しずつ第二の人生の為に家族とまとまって行くマイケル。始まりは誘拐とは言え、パトリシアと懇ろになれそうだったトレバー。元交際相手の頼みとあらば昔からのダチは絶対に助けるフランクリン。それぞれの物語が一歩ずつ一歩ずつ進む割に好転しない情勢は、最後の大強盗ミッションである連邦金塊保管庫襲撃を経ても変わることがなかった。

このずっしりとした徒労感と閉塞感を抱えたまま、物語は最終局面を迎える。デビンと敵対したマイケルを殺すか、危険人物であるトレバーを殺すか、事態は選択をフランクリンに迫る。

ここに至るまでの3人の切り替えの度に、「何かをしている最中」の彼らをプレイヤー達は見てきている。渋滞で並んだり、娘を送り迎えしたり、ゲロを吐いたり、人肉を食らったり、人を追いかけ回したり、テレビを見たり、バイクを磨いたり、オナニーしたり、警察に追われたり、ミッション外での彼らの人生を垣間見てきている。そんな主人公たちを、プレイヤーは殺せるだろうか?

「戦いたいから戦い、潰したいから潰す」……俺たちに大義名分など無いのさと暴れまわってきたプレイヤーに、GTA5は「それなら主人公を殺せるか?」と突きつけてくるのだ。私が迷わず選んだのは第三の選択。「死を覚悟する」即ち、因縁のある奴らとの全面対決だ。詳細は省くが、見事に主人公たちは厄介者達を全滅させることに成功する。夕日を映しながら、スタッフロールが始まる。

GTA5はミッション内アクションのバリエーションや、キャラクターのフレーバーに相当助けられたゲームと言ってまず間違いないだろう。だがそのフレーバーが、魅せ方が2010年代前半のゲームの中で異様なほどにギラギラと輝いている。退屈な「語り方」を耐え抜いてでも、見るべき物語がそこにあった。

GTA5。

正に良くも悪くも、2010年代前半のゲームの集大成とでも言うべきゲームであった。

 

余談。もしくは本題。GTAOについて。

さて、GTA5のオンラインである。何が凄いってこのモード、クランで盛大なごっこ遊びをするためのゲーム側のサポートが素晴らしい。役職を割り振って施設でいろいろ出来るし、物を飾ることだって出来るし様々な仕事ができる。そしてその仕事の妨害も出来れば何も考えずに車をカスタマイズしてレースに明け暮れたり、はたまたパーティーゲームよろしくミニゲームに講じる事も可能だ。

金策周りがパッと見で腐っている事を除けば、1本買っておけばとりあえずネットワークを用いたダラダラとした遊びをたくさん出来る。これは間違いなくオンリーワンの魅力だ。一年おきにCoDのように買い換える必要も無いし、迷走を続けるNFSを待つ必要もない。バイクに乗ってああのこうのする作品もパッとしない今、地味にバイクゲーとしての魅力もある。流石2年も3年もアップデートを続けるコンテンツだけあるといえるだろう。

 

GTA5はGTAOのチュートリアルだったのかもしれないなと思うことがある。が、チュートリアルだろうがなんだろうが、フランクリンとマイケルとトレバーの物語は惜しいことに空虚ですっからかんのサンアンドレアスで一先ずの幕を下ろすことになった。そしてRockstarはこれからもGTAOに注力していくことを様々なメディアで明らかにしている。GTAのナンバリング新作は当分拝めそうにない。

次のGTAは、街が退屈じゃないことを祈るばかりだ。

 

 

 

Grand Theft Auto V(日本語版)  [オンラインコード]

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