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ラブライブ!サンシャイン!!12話。聖地巡礼の果てに「私よ私になれ!」と彼女たちは叫んだ。

「μ's達は夏時点で廃校問題が解決していた」なんて、まあ様々な伝聞を経てまとまった事実なんでしょうけども、ちょっと彼女たちにはピリっとくる話でした。実際は7月のオープンキャンパス時点でのぞえりの加入(その時点で観客多数)→9月の学園祭の屋上ライブは大人気!という形。Aqoursは夏休みに入ってからの8月頭の花火大会でようやくお披露目ですから、一学期をまるまるメンバー集めと準備に費やした形になっています。

とまあ、そんなことを見透かしたかのように「それを言い訳にしてられない」と走り出す千歌ちゃん。一人部屋で悩む彼女が捉えたのは、始まりの春と同じように「μ'sのポスター」。いつも通りの行動力で、まさかの聖地巡礼が始まるのでした。(ここまでAパート)

 

Saint Snowについてちょっと話したい。

さて、Saint Snowの2人です。何故北海道代表の2人がここにいるのか?ロクに語られては居ませんし、名前付きのキャラでよその人達がこの2人しか居なかったからとりあえず出した感が満載です。が、とりあえずの説明はできます。

ラブライブ!】(大会名、以後紛らわしいため隅付括弧)の大会運営は、知名度向上の為にμ'sをニューヨークに送り出してライブを行わせる程の規模を持った組織です。Saint Snowは北海道予選をトップで通過したユニットであり、また前回のアイドルフェスにも招かれるほどの実力者。更にA-RISEを輩出した私立UTXが【ラブライブ!】(大会名、以後紛らわしいため隅付括弧)に一枚噛んでいない訳がない。更に更に【ラブライブ!】についての発表は秋葉原UTXビジョンで行われる。これらを合わせると「【ラブライブ!】の興行を更に成功させるため、著名ユニットを発表の場に集めた」のではないかという推測ができます。成り立つとは言いませんし、まあどうでもいい話なんですけど。

問題はここからです。スクールアイドルは何らかのポータルサイトを利用して動画投稿やファンとの交流を行っており、その人気ランキングや再生数というのは正に「人気」の定量化にほかなりません。この事については前作でも描かれた点でした。しかし、時が流れて幾分か「人気」というもの、ひいてはスクールアイドル活動する上での「ラブライブ!というものの存在は変質しています。

「次は勝つ」――勝敗を決する試合ではなく、スクールアイドルとはステージ上や時に路上でライブを行う舞台芸術や映像作品を発表していく活動のはずでした。しかしここで明確にSaint Snowは「A-RISEのようになるには勝って頂上から同じ景色をみるしか無い」と言い放ちます。【ラブライブ!】ありきの活動になっていくスクールアイドルの在り方に、千歌は「【ラブライブ!】勝ちたいですか!?」と問うものの、彼女らは取り合ってはくれません。ただ、「勝ちたくなければ、何故【ラブライブ!】に出るのです?」と返すだけでした。

Saint Snowの2人に対し、「なんて奴らだ」というのは簡単です。が、彼女らはただの噛ませ犬として出されたとは私は思いません。というのも、8話でダイヤが語った「レベルの向上」の代表例として酷く正しいものだからです。アイドルはファンが居なければ成り立たず、ファンの反応や数とは自分たちの実力そのものです。【ラブライブ!】は遊びじゃない。やる以上本気で挑め。本気で悔しがれ。物凄くざっくり言ってしまえば「ガチ勢」「必死勢」な訳です。それは劇場版で穂乃果達が「スクールアイドルは広がっていく」といった通り、多様化するからこそ競い合う人達も出てくる。そのギラギラした熱もまた、A-RISEの放った光を受け取るものに宿った輝きの一つだからです。

しかしその在り方は「アイドルとしての自分達で有り続ける。この素晴らしい舞台芸術に取り組み続けたい。だからプロの道を選ぶ」というA-RISEと奇しくも反対になっています。「自分達の在り方を続けるためにプロになったA-RISE」に対して、「スクールアイドル活動にプロ意識を持とうとしているSaint Snow」という構図です。これは穂乃果に対してA-RISEが語った事とも離れています。だけども彼女たちの外面……アイドルとしての姿は「誰よりも強くあろうとしてきたA-RISE」でした。憧れているからこそ正しく理解できない、だなんてまるで某少年漫画雑誌の斬魄刀漫画のようではありませんか。2期で上手く使えばもっと輝けるキャラだと思います。

 

妹の方の声優のセリフがちょっと聞くに耐えないのと、楽曲が趣味に合わないことを除けば、ですか。

 

 

音ノ木坂には何もなかった、けれど。

さて、UTXビジョンでの発表の後のAqoursの面々はどうだったでしょうか。「もう一度【ラブライブ!】」と叫んでいた、μ'sのメンバー達とは随分表情が違います。これから起きることが予想できなくて困惑したり、不安がっています。そこで梨子が切り出すのが音ノ木坂訪問でした。

もう「あの階段を駆け上がる」という時点で万感の思いがめぐるシーンです。それは作中の彼女たちにとっても同じこと。しかしながら待っていたのは、「何も残していかなかった」というあっけない現実でした。屋上に水で書いたサインのように、確かにあったとしても数年後の世界にはその存在のみが語り継がれるだけだったのです。だけども、その在り方は誰よりも彼女たちが「おしまいにします」と決めた時に望んだものでした。

それでも、名も知らぬ誰かですらμ'sを語り、今も学校へつながる道では子供が遊んでいる。誰かを「追いかけて見せる」んじゃなく、「勝つ」んじゃなく、ただ輝いてみせる。Aqoursの皆がありがとうございましたと頭を下げたのは、 かつての彼女たちだけではなく今も変わらぬ姿であってくれた音ノ木坂学院そのものにも。だったのかもしれません。

 

「なりたい自分」を思い描く。スクールアイドルがアイドルである限り避けては通れない道ですが、どうやら「誰かに勝つ」だとか「競う」ような自分にはなりたくはなかったようです。かと言って、「μ'sのようになる」では具体性に欠ける。μ'sはどうしてそうだったのか。

「誰かと比べない」
「追いかけない」
「一番になりたいとかじゃない」
「勝ちたいとかじゃない」

そうやって考えた末に出た答えは、「μ'sの背中を追いかけるんじゃなく、自由に走りたい」――純粋に「やりたいから」で始めた、穂乃果と同じでした。

 

Dear 穂乃果さん。

私はμ’sが大好きです。
普通の子が精一杯輝いていたμ’sを見て、どうしたらそうなれるのか?
穂乃果さんみたいなリーダーになれるのか?ずっと考えてきました。
やっと分かりました。私で、いいんですよね。
仲間だけを見て。目の前の景色を見て。
真っ直ぐに走る。それがμ’sなんですよね。
それが、輝くことなんですよね。
だから私は、私の景色を見つけます。
あなたの背中ではなく自分だけの景色を探して走ります。
みんなと一緒に、いつか!いつか!

 

「後追い」ではなく、「μ'sのようになる」のではなく、「私」になる。ラブライブ!の名を冠してここまで走ってきたラブライブ!サンシャイン!!は、ついに前作への別れを告げるのでした。それも「さよなら」ではなく、「ありがとう」の言葉を以て。

 

脱ぎ捨てられた練習着と誰も拾わなかった羽根を映してラブライブ!の劇場版は幕を閉じています。約1年前、『君のこころは輝いてるかい?』の冒頭で、千歌は舞い降りた羽根を掴むことなく、ただ見送ります。あれだけ前作で「羽ばたいて行く彼女たち」の象徴として描かれ、またラブライブ!サンシャイン!!のキービジュアルにも描かれた羽根。あの頃憧れるままに「わからないままで何とかなるさと」始めて、スクールアイドルが何なのかわからない状態でした。

1話でその羽根を連れてきた梨子(折りたたまれた制服の上に羽根が乗っています)と会うも、羽根は拾い上げられることはありませんでした。紆余曲折を経て、誰かのユメ――今作では2話で取り上げた梨子のピアノをはじめとした皆のユメ――を叶え、ついに自らのこうありたいというユメを描いた千歌が羽を手にします。

それは「私たちは駆け出します。新しい夢に向かって」と壇上で話した穂乃果と変わらない、清々しいまでの笑顔だったのです。

 

最後にクローズアップされた襖。日焼けがするほど太陽に照らされ続け、そして千歌が手をのばすほど憧れ続けていたポスターは剥がされ、彼女が新しい場所へ進む時だと何よりも雄弁に語っているのでした。

 

思えばラブライブ!2期が「最後まで駆け抜けるよ!」と歌った主題歌を筆頭に、スクールアイドルゆえの「終わり」を掲げて毎回毎回切なさを振りまいて来たのと同様に、ラブライブ!サンシャイン!!では「何が起こるか分からないのも楽しみさ!」と言わんばかりに圧倒的な「始まり」を毎回毎回叩きつけてきました。

毎週毎週サビで流れる「始めたいMy Story 青い空が待ってる」というフレーズが、僕は本当に大好きでした。

ありがとう。ラブライブ!サンシャイン!!

ほんとに、太陽が登るような眩しい三ヶ月でした。

今夜の最終話も、楽しみにしています。

ラブライブ!サンシャイン!!11話。君に全速前進ヨーソローも、本音なんだよね。

自分じゃなく誰かの代わりに踏むステップ。

ひとりきりのゆうぐれ。

そして、乳揉み

 

渡辺曜回です。
曜ちゃん回です。
待ちに待ったお当番回なんですよ。

さて、渡辺曜がいよいよいじけたわけですが、別にこれは突然のことではありません。10話で曇った顔をしている理由も教えてもらえませんでしたし、8話だって「やめる?」の答えを直接貰っていないんです。

思えば、6話の屋上のあたりから曜は千歌との間には少しずつ距離を感じていたのかもしれません。これは不和というわけではなく、今までずっと隠してきた千歌の「助けて」を……幼馴染の見たことのない表情を、ビデオカメラで撮ることすら忘れてみつめる曜の表情からも伺えます。何?脚本の人そこまで考えてないと思うよって?いいんです。私の中ではそういう事になっています(力説)

なかなか改札から離れない千歌。楽しく煽り合うダイまりコンビ。居なくなった梨子の代わりに流れで選出される曜。という対比の時点でもう視聴者にがっつんがっつんぶつけて着ているわけですが、何より代役を立てるときに「じゃあ私が」と言い出さない時点で、屋上ごっつんこ前からソウルジェムが濁り始めていたのがわかります。

屋上のシーンも入りの所で動き同様に靴音もバラバラになっているのが芸が細かいです。2回目のトライの所でも動きが合わない。2話で梨子の勧誘の話をしながら中庭で練習していた時の2人は遠目に見ても完璧にあっていたのに、です。3話でようちかりこの3人で浜辺トレーニングをしていたときに、真っ先に間違いに気づいていたのも曜でした。ここで何かおかしいなと気付く鞠莉、流石大好きな友達にいろいろ隠されたまま海外に行ってしまった女は違いますね。重みが。

 

ぴちゅー。

ずるー。

 

コンビニの駐車場での練習では、ついに「自分が完全に梨子の動きを演ずる」ことで動きを合わせることに成功する曜。それは「自分の動きでは千歌に合わなかった」=「千歌の隣にいるのは自分ではない」という事の証明にほかなりません。梨子に何も電話で言えない曜ちゃん。これまたこの作品の上手な所で、スマホが電池切れになりそうな事を「またって言わないでしょ」と一言キャラに言わせるだけで「日頃から電池切れで終わらせる事があるぐらい、千歌と梨子はちょくちょく長電話をするほど良い仲になっている」ことをさらっと描いています。本当にお上手。

2つにわかれたみかんアイスも、よく見れば曜が2つに割ったわけではなく、ふたつにパキリと割れてしまったのを曜が咄嗟に受け止めています。ささくれハートにはきついですってこれ。目が潤むのをいつもの少し困った笑顔に隠して、2人はダンス練習を続けます。

ところでスマホに怯える3名。静岡県民が文明の利器に弱いというよりは「先輩とサシで電話」というのは思ったより緊張するというのがあると思います。確かにうち1名、食いしん坊の寺の子がワイヤレスの子機にすら慣れてなさそうですが、他の2人はニコ生ならまだしもちゃんと誰かと堕天使ぶらずに話すのも恥ずかしかったり、やっと他人とちゃんと話せるようになって来たピギィなので仕方ありません。私だって初めてのSkypeは緊張しましたしね。うん。

 

果南に勝るとも劣らない…そうだよね…曜ちゃん良いからだしてるよね…

 

ぶっちゃけト~クっ、に持ち込む鞠莉。2年前の出来事を知っているからこそ、「気持ちを隠して誰かが何かを諦める」事に敏感になっているのは先輩ならではです。ここでダイヤや果南でも可能ですが、普段のキャラづくりにより「嫉妬」について真正面から切り込めたのは鞠莉ただ一人でしょう。

そしてそこで鞠莉に曜が語る「要領が良いって思われる事が多い」という所、まさに先ほどのコンビニ駐車場の事でもあります。場にサッと合わせてしまう、合わせられる技量があるからこそ、思っていることを伝えられずにいる。出来てしまうからこそ、自分の気持ちを隠してしまえる曜ちゃん。そして、そういう所すらも自覚しているからこそ、彼女がいじける事になったわけです。

また、それ故に「やめないよね?」と発破をかけることしか出来ず、幼馴染の千歌の見せた虚勢をどうにかしてあげることが出来なかったのも曜ちゃんです。こじらせるぐらいなら、本音を伝えたほうが良い。離れる前の日々と、離れ離れになった2年間と、戻ってきてからすれ違い傷つけ合う3ヶ月を送った鞠莉が、それを全部ひっくるめて「無駄にしてしまった」と笑いながら言うんだから敵いません。

 

さて、翌朝。鞠莉の前では「距離感」「やり辛い」という話に濁した(ここも要領の良さって所でしょうか)訳ですが、シュシュでいよいよそうも言ってられなくなりました。千歌が梨子からの贈り物で喜んでいて、しかもそのシュシュで更に団結力が深まっている。そこに疎外感があるだなんてもう彼女にとっては一大事です。でも自分が何か言い出したらAqoursに何かが起きるのは間違いなく、そりゃあもう悩むのも当たり前なんですよ。

 

「私と梨子ちゃんのどっちが大切なの」も、
「私の事あんまり、好きじゃないよね」も、
「私、渡辺曜は千歌ちゃんの事が全速前進ヨーソロー」も、彼女の本音。
だけども本当に伝えたいとか、答えが聞きたいのは。

 

そこからの梨子と曜の電話も素晴らしい。梨子の「千歌ちゃんも絶対そう思ってる」という言葉からどんどん弱気な本音が出てきて、涙と共にやっと吐き出せた曜ちゃん。そんな曜に梨子が教えてくれたのは、「千歌ちゃんはずっと、曜と一緒に何かをやってみたいと思ってたんだよ」という……千歌の、ありのままの気持ちでした。

電話を切って、今すぐ話したいなと思った時。声だけじゃなく本当に目の前に現れて、一番欲しい言葉をかけてくれる。誰かの代わりじゃなく。合わせるんじゃなく。一から作りなおしたほうが良い。「曜ちゃんと私の2人で」と、自分を呼んでくれる。そんな大事な友達の元に、駆け出さずにいられるでしょうか。

自分の近くでいつも輝いていた親友を見て、自分も誰かと輝きたいと願った千歌。一緒に千歌と輝きたいと願っていた曜。汗塗れになって、自分のために走ってきてくれた友達の事を、くよくよ悩んでいた曜は「私、バカだ。バカ曜だ」と言って抱きしめるのでした。もちろん、その腕にはもう一人の友達からもらったシュシュがあります。

 

 

所で、曜ちゃんの家のモデルになった喫茶店から千歌ちゃんの家のモデルになった旅館までの距離は12km程あるそうです。普段はバスで通う距離で、しかも真夜中。なのに、自分のために自転車で走ってきてくれた。そんなの、抱きしめるにきまっています。

 

想いよ ひとつになれ この時を待っていた

ふと気づくと重なりあうよ
一途に 未来を呼ぶ心
震えてる手を 握っていくんだよ

すれ違った後で 同時に振り向いた
ほらねほんとは
一緒だったよ 気持ちはね

何かを掴むことで 何かを諦めない
想いよ ひとつになれ
どこにいても同じ明日を信じてる

「何かを掴むことで 何かを諦めない」…こんな歌詞を見せて、更に梨子に東京へ行くよう願うんだから、普通怪獣のわがままっぷりには驚かされます。スクールアイドルも、学校も、ピアノも、友達も、諦めない。物語と歌がこんなにもリンクしていくなんて、始まる前は思ってもいませんでした。

今回のライブパートは、待ちに待った「3DCGパートで思いっきり寄って思いっきり動かすことを諦めない作り」でした。何が言いたいのかわからない人は今すぐ『恋になりたいAQUARIUM』のPVを見てください。恋になります。作中での練習の振り付けがちゃんとライブパートに出てくるのも『これからのSomeday』を思い出しますね。バストアップだけじゃなく、ザッとスカート部分を映すのが本当に格好いい。ここらへんも『恋になりたいAQUARIUM』をぜひ見てください。アウトロが絶品です。

さて、残す所あと2話ほどになってまいりました。よくよく考えて見れば曜ちゃんはあれほど切実に願われた梨子ちゃんどころか、必死に追っかけていろいろ言ってもらった善子ほども千歌ちゃんになにか言ってもらえているわけでもなく、また千歌からアクションを起こされたわけでもありません。そして何より曜からの「本音」は保留という形で、決着は先延ばしとなったのです。……もしかしなくても、千歌からの好感度はMAX状態なんでしょうけども。もっと梨子ちゃん以外とも、ちゃんといちゃいちゃしてあげてねとか思わなくもないのでした。

 

 

 

ラブライブ!サンシャイン!!10話。こんな重要な回のタイトルが「シャイ煮はじめました」でいいのか!?

はーーー。

 

公式さーーー。

 

おまえさーーー。

 

一緒の布団で胸に顔を埋めながら寝るってお前もうそれセッ

 

 

 

 

品行方正なゲーム系ブログ「セラミックロケッツ!」のラブライブ!サンシャイン!!記事も10回目です。正直いつもの語り口は白黒はっきりしてるカチっとしたものには向きますが、燃え盛るエモさの塊と化したラッシャイには向いていない。いや、立ち向かえないと判断し試験的に崩してみる事にしました。

それは夢のつづきだから

この姉妹普段からがんばルビィ!とかふんばルビィ!とかやってたぞ!!凄いよお姉ちゃんとか流石妹ですわとかやってたぞ!というか実に2年ブゥリのおちゃらけであり、隠れて踊るほどやりたかったスクールアイドルとか黒澤ダイヤが弾けないわけが無かった。うーん、この部室シーンだけで中学時代がどうだったかよく分かる。神か。

加えて「ラブライブ!の決勝を目指しているんでしょう!?」のダイマリ。3年も3年で前からこうだったんだろうなってのがよ~くわかるんですのよ。かたや留学から戻ってきてまでスクールアイドルプロジェクトを進めようとした女。かたや浦の星廃校の噂を知りスクールアイドルプロジェクトを立ち上げた元主人公。この二人が居て話をガンガン進めないわけがないんですよ。

企画だけはパパっと立ち上げて人員を割り当て、ひとまず店を回すところまで持っていくダイヤさん。2年に「あァン!?」なんて口を利くのもそうですが、網元(平たく言うと漁業の経営者)の家の女だけあります。ですわ。鞠莉と果南からの「おばかさん」「お・ば・さ・ん」も、あの頃の3人の関係を伺わせてきましたしね!

知らん人には「ずっと立ちはだかっていたコケシ女」「何故か味方になるも発破かけてくる金髪」「復学した日に取っ組み合いの喧嘩を起こした浦の星のゼロスーツサムスという強烈な3人が加入早々こうやって馴染んでいる光景というのは、コメディタッチに描かれていても胸にじんとくるものがあります。

そして皆で一つの部屋で眠るシーン。巷では実質レズセッだの何だのと大評判ですが、鞠莉が果南の胸に顔を埋めるっていうのはですね。「やっぱり安心できるな」って戻ってきて果南にスカウトに言った言葉の通りなんですよ。安心なんですよ。大好きなんですよ。ハグなんですよ。最高か。最高かよ。ありがとうラブライブ!サンシャイン!!

 

μ'sの合宿プログラムといい、A-RISEの誕生から話を始めようとするダイヤといい、あの出来事が伝説になっていく過程を見せられるのは本当、ニヤニヤします。あの子たちが放った光は、誰かの心の熱になり続けているんだなあって。

普通怪獣史上最大のわがまま

さて、話は梨子のピアノコンクール出場について移っていきます。他の子達と違って梨子は「変わりたいから」でスクールアイドルに加わっており、また自分が今まで大事にしてきたピアノも「変われたらまた弾けばいい」と千歌に言われたという経緯があります。海辺では「私の居場所はここなんだ」とは言ったものの、やっぱり心残りがあるようでした。

私、「だから早く歌詞くださいっ」って言う所で一気に泣きそうになったんですよ。歌詞のイメージもあるからって曲作りに本気に取り組んでいるのもそうだけど、何より千歌の書く言葉を梨子が待っているってその光景があまりにも綺麗で。曲をつくるという行為そのものが彼女が一歩進んでいるって事にほかならなくて。

誰かのために作る曲は良くても、自分の為に作った曲は弾くのも少し躊躇ってしまう。「そんなに、いい曲じゃないよ」と言いながらも弾いてくれた梨子に千歌が告げたのは、「ピアノコンクールに出てほしい」という願いでした。梨子ちゃんがいっぱい詰まったその曲で、ピアノコンクールに出てほしい、と。

内浦に来た理由も、海に飛び込もうとした理由も、海に潜ってみた理由も、スクールアイドルを始めた理由も、音ノ木坂で感じていた重圧も、Aqoursが自分の居場所だと心からの言葉を伝える姿も知っていてなお、ピアノコンクールに出てほしい。手を差し伸べたのが自分だとしても、君にはずっと大事にしてきたものに答えを出してあげて欲しい。それは千歌のいつも通りで、精一杯のわがまま。

3年生達がそれぞれが大好きだからこそ思いを伝えずにすれ違ったのとは違う、真正面からちゃんと伝えたわがまま。千歌はその後言葉をつまらせながら「私待ってるから。どこにもいかないって。ここでみんなといっしょに待ってるって約束するから。だから」と続ける。もしかしたら戻ってこないかもしれない。内浦は彼女の人生にとってほんの一夏の寄り道で、またピアノの道でやりたいことを見つけてしまうかもしれない。それでも君に心残りがあって浮かない顔をするのなら、笑顔にするのがアイドルだから。

「大好きだよ」とちかりこ歌唱のエンディングでシメるその暴力的なまでのエモさ、ヘタすれば死人が出たんじゃないかと心配になるレベルでした。そうだよね…ユメを語る言葉を書くのが千歌ちゃんで、ユメを語る歌を梨子ちゃんだもんね…ありがとう…ありがとうラブライブ!サンシャイン!!

さて、次回は恐らくいままで†心の闇†の話が出なかった曜ちゃん回です。全国大会レベルの水泳を一休みして、親友の為にお手伝いを続けてきた彼女。そして何より彼女の知らないところで親友の「スクールアイドルになるきっかけ」を作っていた曜ちゃんが、隠し事をする千歌ちゃんにどう動くのか、楽しみです。

 

 

 

ラブライブ!サンシャイン‼9話。「君の青春を僕にくれ」と言えなかった不器用な彼女たちの話をしよう。

高坂穂乃果はあの日、南ことりを抱きとめる事ができた。

「ことりちゃん。私、スクールアイドルやりたいの。ことりちゃんと一緒にやりたいの。いつか、別の夢に向かう時が来るとしても。」

そう言って、南ことりを抱きとめることが出来た。それは言ってしまえば、留学してもっと伸びて羽ばたいていけた筈の友の未来を、奪うことでもある。しかし、高坂穂乃果は友の人生を左右する言葉を言えてしまったのだ。そして南ことりは第二回ラブライブ!出場を決めた神田明神のあの場で「穂乃果ちゃんが選ぶ道なら、どこへでも」と返す。それが彼女たちの青春だった。

 

さて、彼女たちμ'sの姿に憧れた、黒澤ダイヤはどうだったろう。廃校を阻止するためにスクールアイドルプロジェクトをスタートし、ライブを成功させ、そしていよいよ呼ばれた東京で……理由はどうであれ、いい結果にはならなかった。学校は救えなかった。そしてスクールアイドルとして成功することも出来ず、幼馴染へ「一緒にいて欲しい」と言うことが出来なかった。

誰よりもμ'sに憧れた少女は二年前のあの時、高坂穂乃果に成れなかった。

 松浦果南は、小原鞠莉を誰よりも思っていたからこそ、スクールアイドルを続けるわけには行かなかった。鞠莉の足ではステージに立てない。無理に踊ればもっと酷いケガをしたり、将来に悪影響があるかもしれない。これ以上は続けられない。だから果南は歌わなかった。鞠莉を誘って自分が始めたことだから、自分が鞠莉を巻き込んだことだから、自分が終わらせなきゃと決意した。鞠莉には留学をはじめ、開かれた未来があった。様々な可能性があったから。

「一緒にいよう」と、彼女たちはそう言えなかったし、そうしなかった。互いを一番に思っていたからこそ、ダイヤと果南は鞠莉を送り出した。ダイヤは果南と鞠莉が大事で、果南は鞠莉の将来が大事だったから。

 

 

ラブライブ!サンシャイン!!(以下ラッシャイ)9話はそんなあまりに真っ直ぐな思いがすれ違って、ようやく出会った頃のように抱き合えるようになるまでの物語だった。しかも、ラブライブ!本編最大の爆弾であった「南ことりの留学騒動」を裏返しにして視聴者の頬をビンタしにきたのである。

 もっと言えば、「無理な状態でも強行しようとする」という鞠莉の姿勢。それは本編11話のNo brand girls高坂穂乃果と同じだった。本編では穂乃果が風邪である事を隠して雨の中のライブを強行し、その結果倒れてしまう。無理を通した結果、ラブライブ!への出場は辞退に。3年生にとって最初で最後のチャンスも潰す結果となった。ラッシャイではそこを逆手に取り、「やめる」事により起きたすれ違いの物語が描かれた。

 

ダイヤモンドは砕けなかった。

黒澤ダイヤはスクールアイドルをやめた後、スクールアイドルそのものから距離を置こうとした。それが「片付けて。それ、見たくない」である。ここで姉妹の仲がピリっとする。ルビィちゃんかわいそう。ほんとかわいそう。まあ図書室で本読んでて花丸ちゃんに出会えたわけだしそれはそれでいいのだろうか。閑話休題

さて、ここからラッシャイ本編時間への2年間。それぞれの間で拗れに拗れる。自ら始め、しかもそれが悲しい結果に終わった事を考えればダイヤにとってのスクールアイドルというのはおいそれと他人に軽はずみには触れてほしくないぶっぶっぶーな物になったのは容易に予想がつく。知ってる。そうやって妖怪になった音ノ木坂のツインテール、俺知ってる。

始めるにしても自分で曲を作ってみろやオォン?と言うのもその1つだった。が、ダイヤにとっても思わぬことが起きる。千歌が梨子と出会い、スクールアイドルプロジェクトが動き出してしまったのだ。更に鞠莉が帰還し、発破をかけたのだからもうぶっぶっぶーなどと言ってはいられない。ここで選ぶのは2つに1つ。これまで通り反対し続けるか、それとも千歌達の手助けをそれとなく行いAqoursが「ハンパかどうか」を見定めてみるかどうかだ。

スクールアイドルが大好きなダイヤが、そんな意地悪く夢を潰し続けるだろうか?しかもAqoursには、かつて同じ夢を見た鞠莉がついている。ダイヤは「ダイスキがあればダイジョウブさ!」と歌う千歌達の背中を、陰ながら押すことに決めた。妹がスクールアイドルを始める事だって止めなかった。

そりゃあ堕天使アイドルだなんて色物に走ろうもんなら怒る。でも彼女らがPVを作るというのなら妹のため両親に話を通す役になる。だとしても一緒にスクールアイドルになることは出来ない。出来るのは、あくまで後押しだ。親友二人のすれ違いが解消されていない以上、自分だけやりたい事を通せる訳がない。

そして後押しといっても東京に行かせるとなれば話は別だ。自分たちの問題が未だ片付いていないというのに、半ば悪役のような表情をしながら因縁の地へ後輩を向かわせる鞠莉がダイヤにはいよいよ分からなくなってくる。鞠莉にとっては「果南が歌えなくなった場所」であり、「自分たちがバラバラになる理由になった場所」の筈なのに。

東京から帰ってきた千歌達にダイヤに語るのは「周囲がこうだからしょうがない」と「私達も結果は残せなかった」と、どこか上滑りした言葉だ。「結果が残せなかった」……そこで誰かがどうだったから、だなんて言うのは明かす必要が無い。本当は誰が誰を庇ったかなんていうのは2年前の過程でしかないからだ。2年前に始まって、2年前の同じ頃に終わったグループがいた。……そういうただの昔話だからだ。

真実なんて、ダイヤと果南の中だけにしまっておけばいい。Aqours。あの日の自分たちと同じ名前のスクールアイドルたちが、自分たちの出来なかった事を成せたならそれでいい。東京の後も続いていけたなら。花火大会でも歌えたなら。

 

と、思っていたら果南の復学初日にアレである。

 

「鞠莉には他にやるべきことが沢山あるでしょ!?」

さて、「足の怪我」と「留学」という鞠莉の未来を案じた果南がとった行動。それがスクールアイドル活動の終了だった。スクールアイドルを続けたい鞠莉は「果南は失敗から早く立ち直るべき。逃げてる」と愚痴るが、果南の真意を知っているダイヤは当然良しとしない。ルビィが聞いた「だから、果南さんの事を”逃げた”だなんて言わないで」はここで、結局3人はこの事についてはわかり合うことなく終わる。とは言え、送り出すときには笑い合えている事からも分かる通り、不仲におわったわけではない。

 

「離れ離れになってもさ、私は鞠莉のこと忘れないから」

 

……で、送り出した2年後。2年ブゥリに鞠莉が帰ってきてしまうのだ。おい。1年の時のアレどうすんだよ。せっかく鞠莉の為を思ってスクールアイドルやめたのに。ダイヤだってやめたのに。しかも戻ってくるなり「スクールアイドルやるのよ!浦の星で!」なんて言い出すから大変だ。というか戻ってきてはいけなかった筈なのに、それでも視界が滲むんだから困った。本当のことを言えるわけがないので、避け続ける日々が始まってしまったのだ。

鞠莉も鞠莉で問題があり、後輩である千歌達の急成長を望む上で更にダイヤと果南の加入を煽るもその時に使う言葉が「逃げてる、逃げるな」なのが非常に悪い。鞠莉としては過去の失敗は失敗だから何度でも立ち上がろうよという話ではある。が、何せ「そもそも失敗による終わり」ではなく、鞠莉が帰ってきてしまった事そのものが今までのこと全てを現在進行形で致命的な失敗にしてしまっている訳だし。

「後輩たちは、出来たよ」という事実をもってして説得に当たっても、鞠莉は果南を取り戻せなかった。「スクールアイドル活動を止めてでも、君に幸せになって欲しかった」だなんて、事態が大きくなればなるほど言えるわけが無くなっていく。何だこの松浦果南とかいう良い女……「こいつは俺なんて男と一緒にいるべきじゃねえ。もっといい男と幸せになれるはずなんだ」って幼馴染に言う女そうそういないぞ……突き放し方が不器用すぎる……

で、ようやく始まる大喧嘩。全校に響き渡る「いいかげんにしろーっ!」の柑橘系ボイスと、明らかになる2年前の真実。誰よりも鞠莉の事を想って、幸せになって欲しかったからこそ別れを選んだ女の子と。別れゆく二人の事を想うからこそ、本当のことを言えなかった女の子と。転校してきた自分と友だちになって、一緒にスクールアイドルをやろうと誘ってくれた二人が大好きだった女の子。大好きだから言えなかった、3人の「大好き」のすれ違い。

 

言葉だけじゃ足りない
そう言葉すら足りない
故にすれ違って 離れてしまったことが
悲しかったの ずっと気になってた

 

止まっていた時間が、やっと動き出す。3人のために作られた衣装から9人のために作られた衣装へと着替えて、Aqourが夢の海へ泳いてゆく。未熟Dreamerは2年経ってもホワイトボードに残っていた想いが、やっと花を咲かせたようなステージだった。

 

ようやく9人になれたAqours。次の回は一休みのワチャワチャ回になりそうだが、果たしてどうなるのだろう。ワンダーゾーンみたくならなきゃ良いのだが、問題としては†心の闇†の話をしてないのが渡辺曜ただ一人なんですよね。あと4話でひとまず彼女たちがどこへ向かうのか、私も楽しみにしています。

 

 

 

 

 

喧嘩の時も一歩引いてあわあわすることしか出来ないダイヤお姉ちゃん、ほーんとルビィの姉なんだよなあ……

ラブライブ!サンシャイン!!8話。そして始まる物語について。

アイドル。
偶像。
注目される人。
憧れの対象。
例え「他人からどう思われるかじゃない」と言えど、「他人からどうとも思われない」のでは、あまりにも報われない。

それが「スクールアイドル」が「アイドル」たる所以である。興行によって利益を生むだとか、それを生業とするだとかではない。ステージに立つ以上、観客が見てくれなければ、注目されなければ、心に残らねば、報われないのだ。

ラブライブ!サンシャイン!!(以下ラッシャイ)8話は、「スクールアイドル」が「アイドル」であるが故に、少女たちが「現実」と対峙する話であった。

でもSaint SnowはA-RISEより全然オーラ無かったしあれで「圧倒」みたいなこと言われても無理だと思います。酒井くんコンテもっと頑張って。(冷静)


そして夢が終わる。


周知さえすれば。人目さえ引ければ。キャラで目立てば。地味&地味&地味でもどうにかなるんじゃなかったのか。「東京」は、どうしようもなくAqoursの彼女達だけをステージに引きずり出した。生まれ育った故郷の住民ではなく「自分達を見に来たわけではない観客」の前では、彼女たちは「30組出てくるスクールアイドル」の1つでしかなかったのだ。


一年生が入ってくれれば、廃校なんて話でしか聞いてなかった状況が舞い込んできたのなら、ネットで動画が好評ならば、これだけ話がうまく転がったのなら「ラブライブ!優勝もあり得るのではないか」……高海千歌は、事あるごとにそう口にしてきた。スマホの画面の中で踊るμ's達は手が届きそうなほど地続きの存在で、だから手が届くんじゃないかと思っていた。


その結果が、得票0である。


しかもただの得票0ではない。彼女達にも手応えがあったのだ。一番ミスが少なく、のびのびと最高のパフォーマンスを出来たという手応えが。手応えがあったからこそ、尚の事自分たちに言い訳が立たなくなってしまった。一番先に泣いたのは、昔からスクールアイドルがやりたかった女の子、黒澤ルビィだった。うまく行かなかったのではないのだ。うまく出来ても、誰も選んでくれなかったのだ。


「くやしくないの?」


そう問いかけたのは、誰よりも高海千歌を知っていた渡辺曜だ。幼馴染がずっとずっと燻っていて、ようやく見つけた「やりたいこと」に付き合う為にスクールアイドルを始めた子だ。曜は千歌の側で輝き続け、そして幼馴染が輝くためにスクールアイドルを始めている。今はどうあれ、きっかけは千歌のためだ。


これまた渡辺曜は水泳大会の経験者で、桜内梨子はピアノコンクールの出場経験のある娘というのも大きい。何かを真剣に取り組んできたということは、真剣に続けてきたからこその悔しさを知っている。人に知られず流した涙がある。その彼女達の前で、千歌がとったのは「でも、満足だよ。私は嬉しかった。みんなであそこに立てて」……今まで通り、「やってみること」そのものへの言葉だけだった。


「わあ、すごい、キラキラしてる」というのは、輝らされて輝くモノを見る側の言葉だ。スカイツリーでアイスを皆に振る舞う時に妙に明るく放つのがこれなのだが、下手をすれば悪趣味になりかねないギリギリの演出だなあと私は思った。


変わる思い。変われない世界。


かつて浦の星にもスクールアイドルがいた。しかし彼女達は「廃校を回避するため」にスクールアイドルを始めた子達であり、スクールアイドルのためにスクールアイドルを始めたわけではなかった。


「外の人に見てもらうとか、ラブライブに優勝して学校を救うとか、そんなのは絶対に無理なんだよ。」


彼女達の動機は、自らの外側にあった。外側を変えることにあった。結果、彼女たちには世界を変えることは出来なかった。「自分たちには変えられない」という思い出だけが胸に残った。


だが、マリィはどうだろう?あの中で一人だけ、学校を救うために動いたわけではなく、誰かの為に歩きはじめた子ではないだろうか?そして唯一、「まだステージで歌っちゃいないこと」をわかって、今も走り回っている子ではないだろうか?


「果南」と呼びかけ広げたマリィの両腕は、かつて自分を変えてくれたそれと同じだ。

変わったんだから、変われる。

変ったけど、変えられない。

変えられなさに誰が傷付く前に、スクールアイドルプロジェクトはやめるべきだ。2年という時間は、少女の心の傷をジクジクと膿ませるのには十分過ぎる時間だった。果南とマリィはすれ違う。世界は変えられる。君がそう教えてくれた。「宝物だったあの時」を取り戻す為に、必要なものはなんだろう。きっとそれは、遠い彼方にあるわけじゃなく、何処かに置いてきてしまったものに違いない。


わたし、やっぱり、くやしいんだよ。


現3年生達のスクールアイドルと、千歌の違いは何だろう。私は「何かの為のスクールアイドルか、そうでないか」だと思う。千歌は、変わりたかった。輝きたかった。廃校という状況の為じゃなく。誰かの為でもなく。自分がそうしたかったから。結果、どうだったろう。練習をして、衣装を作って、歌を作って、パフォーマンスは出来た。それでも、夢の東京で手に入れたのは「0」だった。


「とにかく、行動します。」


闇雲に、いたずらに、無邪気に、思いつきで、輝いた目で、彼女は走ってきた。意地の悪い言い方をすれば「スクールアイドルとして活動する事」そのものを千歌は面白がっていたふしがあった。「そう?面白くない?」で突き進んでしまう所があった。


「変わりたい」ばかりで、「どうしたい」のか、具体性のないまま千歌はここまできてしまった。ラッシャイ前半に漂っていた千歌のフワフワした印象は、まさにその通り演出されていたものだったのだ。そして千歌は、それと遂に対峙してしまった。


昔とは違うとか。
差がすごいあるとか。
周りのレベルが上がったとか。
数がどうだとか。
そんなの。
どうだっていい。


スクールアイドルがアイドルである以上、観客がいて、観客の心に残って、誰かにとっての輝きになってはじめてアイドルになれる。それが「0」だった。


「やっぱり、わたし、くやしいんだよ」


それはメタ的に見れば、アイドル物そのものの成熟や、ラブライブ!の名を冠しているが故の人気のある現状すら、全部吹き飛ばすような叫びだった。


「輝きたい。」

千歌は、梨子に始まりの日にそう言った。それは今も変わらない。だが、走り出してしまった今、言い出しっぺの彼女は、発起人だからこそ気丈に振る舞うしかなかった。責任だって感じていた。私が泣いたら皆が悲しむから、装うしかなかった。「笑顔にするのがスクールアイドル」という言葉は、彼女の呪いのようになってしまった。


「変わりたい。」

それは千歌だけじゃなく、皆同じだ。千歌の為にやっているのではない。自分がやりたいから一緒に来た、同じ夢を見た「仲間」だから。『泣いちゃえば、付き合うよほら』と、歌の通りに手を取ってくれた。


「私も知りたいの。それが出来るか。」

変わりたいと泣いた梨子に手を伸ばした千歌の手を、次は梨子が握る。笑顔にするのが、スクールアイドルだから。

『始めたいMy Story

『変えたいなMy Future』

Aqoursは、ここから始まる。わからないままで何とかなるさと始めて、面白そう!とジャンプして、さあおいで!と手を伸ばしてやっと0まで辿り着いた。ラブライブ!サンシャイン!!は8話かけて、ようやくここまで来ることが出来た。とは言え、そこにあったのは足踏みではなく、目標に向かって届こうとする全力疾走だった。

 

 

こうなると、1話のスカスカした感じが非常にもったいない。それとキャラ掘り下げにさして寄与しなかった7話もだ。こういう話を出来るのに、所々で詰めが甘いのもラブライブ!と言えばラブライブ!かもしれない。が、どうしても私は立ち上げから完璧だったμ'sの物語が8話で正式にスタートを切ったことを考えてしまう。現状だと1期のビシっとした筋の通り方と2期のシリアスになりきれないもわっとした感じが混在している。

とは言え、ここで「0を100にするのは無理かもしれない」という台詞や、「廃校の阻止」や「これからのスクールアイドル」の為に動いたμ'sとは違う「輝きたい」という目標が、Aqoursの物語を単なる続編やキャラ替えに留めていない。何より私はもっと見ていたいのだ。Aqours達がどんな風に輝いていくのか。

さしあたっては、果南にとっての『もう逃げないで進む時』がいつ来るのか。早いところ彼女をもう楽にしてあげて欲しい。確かに現3年のスクールアイドル計画は失敗して、傷ついて、涙を流したかもしれない。だけども、千歌達はいっぱい泣いて、手を繋いで、また屋上へかけ出した。絶対に同じ結末は辿らない。


傷つくかもしれない。泣くことだってあるだろう。時にはぶつかり合うことだって。だけど彼女達はこう歌ったから。きっと大丈夫。

『何が起こるか分からないのも楽しみさ!』

って。だから、きっとダイジョウブなんですよ。大好きがあれば。

ラブライブ!サンシャイン!!7話と半分を過ぎたのでちょっとまとめ。

Aqoursが東京にやってきた。

7話は今までの中で1番ラブライブ!2期に近い話だった。つまりキャラに深みを与えるというよりはキャラに突飛な行動をさせて笑わせるというアレである。それは二次創作の領分であり、キャラを魅力的に描くべき大本がやるもんじゃねえだろというやつだ。既に聞いた人にはわかるだろうが、トリオユニットCDのドラマパートも割と酷い(褒め言葉ではない)のでまだ聞いてない人は聞かないでほしい。何が駄目って身内もそうだが他人に思い切り迷惑をかける話なのである。

白塗り、というのはラブライブ!2期で傷を負った者にはトラウマワードであるが、見事ラッシャイでは善子がその役を務めることになった。ああ、なんとかわいそうに。君は他人から痛い子と思われたくなかったはずなのに周囲の人が悲鳴を上げて逃げても止めない子に描かれてしまった。

 

というわけで各話ごとにエモさの話をしてもしょうがないので今回の記事では前半までの疑問点まとめです。

 

何処で彼女らの夢を地続きにさせるのか

Aqoursは現状、大きな苦難や挫折に出くわしていない。ファーストライブは大盛況で、ネットも彼女らに好意的な人たちばかり。新PVも好評だ。

そして千歌。彼女は所々で「ラブライブ優勝だよ!」と口にしている。浮かれているのもあるが、彼女は誰かと競い合っていることそのものを忘れているように思える。夢と言ってもキラキラした憧れの中だ。

そして行動も今は目下模索中、ようやく伝えたい言葉の尻尾を掴めた所だ。まだ「輝きたい」というふわふわした所から抜け出せていない。

真剣に取り組んで、歌って、ステージを作る。それを言葉だけの「本気」でなく、行動で示したのが「ランキングに登録して、ライブをやっただけのμ's」である。

今のままではμ'sのファンになった高校生たちが、自分らもやってみようぜ~と寄せ集まっただけの話になってしまう。これが10年前だったら『SOS団』なんて名前だったかもしれないなあと思う程度に。

 

3人の矢澤にこみたいな状態の3年生

ラブライブ!1期5話の素晴らしいところというか、ほぼアニメオリジナルキャラクターと言ってもいいほど他の時空の要素が残っていない矢澤にこがあれだけ格好良くなり、人々に好かれたのは、「かつてスクールアイドルを志したが夢破れた女」「だが今一度立ち上がることを決めた女」「自分が最高に輝く姿を思い描き、雨上がりに最高のにっこにっこにーを決めた女」という清々しいまでのいい女っぷりをなんとたった1話でやりきったことにある。

対してラッシャイ。ようやく断片的に「果南が東京でのライブでトラウマを負い、現3年生3人のユニットは散り散りになってしまった」という事が明かされつつあるが、そんなジメジメしたやりとりを実に7話になってもまーだやってるのである。

つくづく話の引き締め役としての東條希や外側から話を動かすキャラとしてのアリーチカが良い立ち回りをしたのだなあと思わされる。正直3人の過去はどうでもいいのだ。確かにかなまりやダイまりの濃厚なレズ二次創作の種を撒いてくれてはいるが、別に物語を前に進めるもんでもないんだ。

このブログではスパロボに参戦した劇場版ナデシコのアキト(ブラックサレナ)状態になってしまった松浦果南ちゃんを応援しています。噂によると7話までで喋った時間合計で2分未満だそうですよ。

 

画面外でライバルを殺した前作の罪

何やらセイントスノウなる姉妹ユニットが出てきた。が、どうでもよい。
というのも、前作では「スクールアイドルの頂点に君臨するA-RISE」という女王としてライバルが描かれ、登場人物もそれ故に緊張していたわけだ。が、今作の憧れは「μ's」だ。つまりもう人々の記憶の中の存在でしかない。そして彼女らがどれだけ凄いかは追いかけてきたファンであればあるほど知っている。それと比べるとポッと出の2人がどうだというのだ。

また、別の懸念というか前例という物がある。即ち「ライバルは何か知らんが倒してた」というスノハレ回の罪である。2期の酷さの象徴とも言える雪中行軍からのレズスパルタンでA-RISEはしめやかに画面外で爆散!そういう事をやって、劇場版でなんとかもう一度「アイドルとして存続していく人たち」としての役目を与えてもらえたのがA-RISEなわけで、テレビシリーズだけ見たらほんとうに可哀想な人達だ。

26話+映画でようやくそうなったのがライバルだ。9人でなく6+3で3の問題もまだ片付いていないのに、神田明神でライバルが出たからって何だというのだろう。というのが率直な意見である。

 

 

 

というわけで、次回は「地元の人達が応援してくれてたのに」系のがっくり感でAqoursちゃんたちが相当凹むんだろうけど、話を回して欲しいなあ。ダイエット回が2回連続で来たような感じですよ今ん所。

 

 

ラブライブ!サンシャイン!!6話。確かめたい夢を、やっとここから始める彼女達。

何を伝えたいのか。それは創作をする上でとても重要なことだ。書くことそのもの、描くことそのものに憧れるだけでは、筋が通らず芯も通らない。結局何を言いたかったのか。その心の剣さえ失わなければ人は歩いていける。

 ラッシャイ6話は、そんな「表現することそのものへの憧れ」からAqoursが一歩踏み出す回でした。

 

彼女たちの廃校

定期で沼津に行き放題!中学の友達に逢える!と考えると女子高生にとっては概ね楽しいことだらけでしょう。メリットしかない。現に千歌も花丸と廃統合でウキウキ。千歌は廃校の危機に乗じてPVを作ろうとするが…?というお話。

前半たっぷりかけて描かれるのは「行為そのものに憧れても具体性がなければどうしようもない」なんて、気恥ずかしくなるぐらいのワナビーの構図だ。面白いことが起きるかもとカメラを回しても何も起きやしなかった、なんてのは50年前からの当たり前ですよね。

町中駆けまわって、バスに乗って遠くの街へ行って、自転車で坂を上って、最後には皆で喫茶店でワイワイ騒ぐ。いつものような空回り。だけどその「いつも」がそう遠くない未来に終わるかもしれないと思ったとき……

まずは始めたからこそ、千歌は気付いた。浦の星が好きだったって事に。

 

助けて、ラブライブ!

自分たちで気付いて、自分達の言葉で語って、語るよりも歌って踊る。それが「おらが町のアイドル」としての「スクールアイドル」にはとても大切なことだ。歌うにしても「何を?」となっていたのが今までの彼女達だった。自分で気付けなきゃPVを作る資格がない。そういって微笑む千歌ちゃんは、すっかりスクールアイドルの顔になっていました。この子も、楽しそうに走る娘なんですね。穂乃果と同じで。

そしてもう一つ。とっくに前から、自分よりも浦の星もスクールアイドルも大好きで、ずっと自分の言葉で語ってきた存在が現れます。それが黒澤ルビィの姉にしてぱっつん前髪の黒澤ダイヤ。そんな事にもやっと気づけた千歌はダイヤに声をかけようとするが、それはルビィに止められてしまう。敢えて「スクールアイドルをやらない」事に拘る彼女と、三年生の過去の話が明らかになるのはまだ先のようです。

 

さて、内浦の海開きのシーン。ここで真っ先に気付いたのは、東京から来た梨子でした。沢山の人が来て、朝からゴミ拾いをするその光景は、内浦の人たちにとっては当たり前でも梨子にとっては新鮮なものだったわけです。「町には何もない」だなんてPV撮影の時に言っていた千歌が、「そうだ!」と階段を駆け上がり、町の人たちに協力を仰ぐ流れはラッシャイでなければ描けなかったでしょう。

確かめたい夢に出会えて
よかったねって呟いたよ

 「私、心の中でずっと叫んでた。助けてって。ここには何もないって。でも、違ったんだ。追いかけてみせるよ。ずっと。ずっと。この場所から始めよう。出来るんだ。」

”助けて、ラブライブ!
それは企画発表から、彼女達Aqoursに付きまとっていた言葉でした。その「助けて」は浦の星そのものを救う事だけでなく、地味&地味&地味で、変われなくて、変わりたくて、やりたい事が見つからなくて、やりたい事が分かっていても進めなくて、何もない場所で輝けないと思っていた彼女達そのものを表わしていた言葉でした。6話にして、やっと彼女たちの物語が始まろうとしています。


朝日が昇り、空へ人々の思いを乗せたランタンが飛び立っていきます。
見たことない夢の軌道を追いかけるように。